将軍、執事に会う(2)
「お帰りなさいませ、カイル様」
玄関には、すでにユーゴ殿の姿があった。
黒みがかったブラウンの髪を無造作に流し、耳には金色のピアス。
瞳は青みがかっているが、リルディさんのように澄んだ空のような色ではなく、緑がかっても見えるその色合いは、底知れぬ沼を思い出させる。
細身に黒い燕尾服を身に纏っているのは、今、この男がこの屋敷の執事だからだ。
こうして頭を垂れる姿は、優雅であり華がある。
社交界に顔を出せば、そこかしこで浮名を流すというのも頷ける。
もっとも、それはすべて情報収集のためだというのは、近しいものならば知っている周知の事実なのだが。
有している情報量・人脈は、三十そこそこの歳ではありえないほどに莫大。
(優秀なのは認めるが、どうにも好きになれない)
はっきりと言ってしまえば苦手な相手なのだ。
「屋敷に変わりは?」
「カイル様が不在だった……という意外は」
カイル様が行方不明という事実は、自分を含め数人の側近のみが知ること。
表向きは、所用のため数日屋敷を空けている……ということになっていた。
「そうか。世話をかけた」
「いえ。……ところで、そちらの方は?」
ユーゴ殿の視線はリルディさんを捕らえている。
一瞬、訝しそうに目を細める。
「私はリルディと申します。あの……」
「俺が連れてきた。暫く面倒をみてやってくれ」
リルディさんの言葉を遮り、カイル様はそう言い放つ。
「……分かりました」
暫しの沈黙を経て、拍子抜けするほどにすんなりと快諾する。
「ユーゴ殿、自分も話しをお聞かせいただきたいのだが、よろしいですか?」
「メディシス将軍ですか。構いません。立ち話もなんですから、場所を変えましょう」
ユーゴ殿は近くに待機していたメイドを呼び寄せる。
「彼女を湯殿に案内してください。そのままでは、疲れも落ちないでしょうから」
「え!? それなら私よりカイルが先に……」
「いや。俺は後で構わない。行って来い」
「そうですよ。遠慮することはありません」
彼女を抜きにした方が話しやすい。
ユーゴ殿もそう思っての行動なのだろう。
「でも……」
「いいから行け。砂まみれのままウロウロされて、屋敷を汚される方が迷惑だ」
「うっ。分かったわ。じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
半ば脅しのようなカイル様の言葉に、渋々ながら承諾をする。
「最初からそう言えばいいものを」
「ありがとう。カイル」
「! 馬鹿か。俺は本心を口にしたまでだ」
笑顔のリルディさんに狼狽するカイル様。
「……」
「……」
カイル様の刺々しさをものともしないリルディさんの屈託のなさ。
ユーゴ殿も無言のままに、その姿を見守っている。
正直、無表情のその顔からは、思考がまったく読み取れず恐いのだが。
「では、いってきます」
ペコリと一礼し、先導するメイドに付いて回廊へと出るリルディさん。
「お待ちください」
ユーゴ殿がリルディさんを引き留め、足早に近づいていく。
ココからでは、声を聞き取ることが出来ないのが歯がゆい。
ただ、能面のように表情を変えることのないユーゴ殿と、驚いたように目を見開いたリルディさんの姿がはっきりと目に映った。
………………
「さっき、あいつに何を話したんだ?」
部屋に入り人払いをし終わると、カイル様は開口一番、ユーゴ殿にそう問う。
「大分お疲れのようでしたので、ごゆっくりとお伝えしただけですが」
(なんてうそ臭いっ)
思わず、心の声が口から出そうになったが、寸でのところで押しとどめる。
「……」
カイル様は無言のまま息を吐き出す。
多分、同じことを思っているに違いない。
「それで、あの少女にお手を出されたのですか?」
唐突に真顔でズバリとユーゴ殿はそう問いかける。
(直球ストレート!?)
その問いでは、“イエス”か “ノー” 答えはどちらかしかない。
聞きづらいことを意図も簡単に、しかも微塵も濁すことなく問う。
この男の割り切り方はもはや尊敬の域だ。
「……」
「……」
「……出すわけがないだろう。そんな体力があるか」
妙に長い沈黙を経て、カイル様はそう答えた。