姫君、イセン国にたどり着く(4)
イセン国は、このトリア大陸の中でもっとも大きな国だ。
人も物も、自国であるエルン国とは、比べものにならない。
そもそも、エルンは農業国。
イセンは工業国。
その雰囲気からして正反対だ。
「そんなにおもしろいものが見えるのか?」
馬車の小窓にかじりつくように外を見ている私の姿に、カイルが妙な顔をしている。
「うん! おもしろいわよ。だって見て。あんなに人がたくさん。それに、大きな建物だらけ。何だかお城がたくさんあるみたい」
馬車は大きな通りを進んでいるけれど、たくさんのわき道が入り組んでいて、そこを誰かしらが歩いたり走ったりしている。
道の両脇には、たくさんの石造りの大きな建物があり、煙突から大量の煙が噴出している。
砂漠の中にある国なのに、砂は一片も見当たらず、代わりに灰色の石が道という道に敷き詰められている。
空にある太陽ですら煙に巻かれて、影っているように見える。
「ここイセン国は、工業が盛んな国。ここはちょうど工場の連なる工業地区。あの大きな建物はすべて工場です」
「あれが全部!?」
エルンストさんの説明に、私はあらためて建物に目を向ける。
大小さまざまだけど、その建物の数はかなりのものだ。
下手をしたら、この工場だけで、エルン国の民すべてが、入りきるくらいの大きさだ。
「お前、イセン国に来るのは初めてなのか?」
「ええ。というか、東の国に来たのは初めて。東は発展していると聞いていたけれど、本当なのね。私の国は農業で栄えているけれど、全然雰囲気が違うわ」
「農業というと南の方の小国か」
「え!? あ、うん。そんなところ……かな」
「南は自分も一度訪れたことがありますが、食べ物がおいしくて良い場所だと思います」
カイルの問いに、うっかり”私の国”なんて言ってしまった。
おかしく思われたかと焦ったけれど、どうやら二人とも、”自分の住んでいる国”と解釈してくれたらしい。
(あ、危ない……)
さすがに王族だとばれるのはまずい。
私の身元がバレたら、エルン国に知らされてしまうかもしれない。
そうなれば、強制的に帰国させられてしまう。
クラウスとアランのこともあるし、まだ私は帰るわけにはいかないのだ。
騙しているようで心苦しくはあるけれど仕方がない。
「南は小国がいくつかで成り立っておりますが、東はこのイセン国のみ。規模的には数百倍と言っても、大げさじゃないくらいでしょう。商業が盛んな北の国とも近いので、人の出入りも激しく、人も物も格段に多い国なのです」
「殺伐とした国だ。この国を治める者を映しているようにな」
カイルの言葉に、ドキリと心臓が跳ね上がる。
それはこの国、イセン国王のことを言っているんだよね?
「カイル様! そういう言動はお慎みください」
険しい顔で、エルンストさんはカイルを嗜める。
「あの、この国の王はどんな方なんですか? 王になられて間もないとか」
落ち着くために、一呼吸置いてからそう訊ねる。
「……」
「……」
憮然とした表情のカイルと、困ったような顔をしているエルンストさん。
「あの?」
「あ、いえ。そうですね。とても賢い方です。まだお若いですが、必ずこの国を善き道へ導いて下さるでしょう」
「……どうだか。即位してすぐに、仕事を放棄したような奴だぞ?」
「え? それってどういう意味?」
「その表現には語弊があるかと。放棄したわけではなく、即位されてすぐ体調を崩されて、今は静養されておいでなのです」
どこか批判的な言葉を吐いたカイルへ不満気な視線を向けてから、エルンストさんは説明を付け加える。
「静養って……。ご病気なのですか?」
思ってもみなかったことに動揺してしまう。
まさか体調を崩しているなんて、思いもしなかった。
父様もそんなこと、一言も言っていなかった。
教えてくれなかっただけか、知らなかったのか。
どちらにしても、その容態がとても気になる。
「いえ、大病ではないのですが、ただ大事をとって、様子をみているといいますか。今は、王の弟君が代理で執務をされておいでです」
「そうなのですか」
執務を行えないとはよっぽどのことだ。
相手のことも考えず、のう天気に会いにきてしまったけど、これでは会いに行っても迷惑になるだけだろうか?
「どうして、リルディがそんなに落ち込むんだ?」
「え!? だ、だって、他国とはいえ王様が具合悪いなんて心配じゃない。王位に就いて間もないのにお辛いだろうなって思って」
カイルの問いに、思わずしどろもどろになる。
「自業自得だろ。弟がいるんだ。いっそ、王位も譲ってしまえばいいものを」
「カイル様! それ以上は、さすがに自分も怒りますよ。自分は現王だからこそ、軍人となったのです。王はあの方以外におられません」
「……馬鹿馬鹿しい」
明らかにこの国の王を嫌っているカイルと、反対に慕っている様子のエルンストさん。
(どうしてカイルは、王のことをあまりよく思っていないのかしら……)
押し黙ったカイルを見ながら、私は複雑な気持ちになるのだった。