姫君、イセン国にたどり着く(3)
私たちは、エルンストさんが手配してくれた馬車に乗り込む。
「お気をつけて!」
私たちにひどく威圧的だった門番が、直立不動で敬礼をしている。
「ご苦労様」
それを爽やかな笑みで手を上げ軽く答えるエルンストさん。
どうやら、エルンストさんは相当偉い人みたいだ。
クラウスと同じくらいの歳に見えるのだけど。
ああ見えて、クラウスは凄腕の剣士だ。
その実力を買われて、異例の大出世で騎士団長も勤めている。
それを考えると、エルンストさんもきっとすごい実力の持ち主なのだろう。
(そんな人に、”様”づけされているカイルは何者?)
服装や物腰から貴族だということは分かっていたけど、もしかしたらかなり身分は高いのかもしれない。
「それにしても、先ほど話していた”落した”とはどういうことなのですか?」
馬車に揺られながら、エルンストさんはおもむろにそう尋ねる。
「そのままの意味だ。こいつが魔術師と飛んでいたのを、俺が魔術で打ち落とした」
「なるほど。カイル様が魔術で……ま、魔術で!?」
驚きの声を発し、エルンストさんは勢いよく立ち上がる。
「ど、どういうこどだ!? 正気かカイル!!」
(なに? いきなり砕けた口調に……)
先ほどまでの敬語で”様”付けから、いきなりタメ口で呼び捨てに変わり、カイルの肩を掴み詰め寄る。
「うざい。落ち着けエルンスト」
カイルはおもいっきり嫌そうに顔そむける。
その言葉に、エルンストさんは隣りにいる私を見て、我に返り座り直す。
「あーコホン。取り乱し申し訳ない。いや、でも、つまりカイル様が魔術持ちだと、リルディさんは知っておられるのですね」
「はい。その、まずかったですか?」
カイルはそのことに特に触れなかったし、そんなに重大なことだとは、思いもしなかった。
エルンストさんの様子に、何だか私まで慌ててしまう。
「その色々と事情がありまして。……どうするおつもりなのですか?」
心なしか泣き出しそうな顔で、エルンストさんはカイルを見る。
「……それはこれから考える。バレたものは仕方ないだろ」
「そんなレベルか!? 何で連れてきちゃうかな? 立場を考え……あー、お考えください」
またも砕けた口調になったけど、途中で我に返り慌てて言い直す。
「違う。勝手に付いてきたんだ。別に連れて来たわけじゃない」
どうやらカイルが魔術持ちだということは、あまり知られたくないことらしい。
そして、それを知っている私が一緒にいることは、非常にまずい……ということみたいだ。
「ごめんなさい。私、一緒に来てはいけなかったのね。あの、魔術のことは誰にも言わないし、というか言う相手もいないし。ここで、馬車を降りるわ」
残念だけど、ここでお別れした方がいいみたいだ。
正直心細いけど、もともと一人で来るつもりだったんだもの。
そんな甘えたことも言っていられない。
「迷惑とは……言っていない」
「え?」
思わぬ言葉に、横にいるカイルを見るが、私とは反対方向を見ていて、表情がよく見えない。
(今のは聞き間違い?)
身を乗り出し、ジーッとカイルを観察していると、眉間のシワがきつくなっていくのが分かる。
(やっぱり迷惑がられている?)
勝手にお節介を焼いて付いてきたのは私だ。
カイルにとっては、押し付けがましいことだったのかもしれない。
「エルンスト、何がおかしいんだ」
唐突に発したカイルの言葉に前を見ると、背もたれに顔をつけて肩を震わせているエルンストさんの姿があった。
エルンストさんは必死に声を押し殺し、笑いを堪えているみたいだ。
「?」
けれど、なぜそんな状態なのか、私にはまったく理解できず呆気に取られてしまう。
「これは失礼。まさか、カイル様のこんなお姿が見られるとは。おもしろ……いや、微笑ましい」
「貴様、殺されたいのか?」
殺気だったカイルの言葉に、エルンストさんはワザとらしく両手を上げ、降参のポーズを取る。
「あの……えっと、どういうことでしょうか?」
「つまり、カイル……様は、あなたと離れたくないのですよ」
「え!? あの、迷惑じゃないの? 一緒に行ってもいいの?」
カイルに恐る恐る訊ねると、あからさまにため息を付かれた。
「だから、そう言っているだろう。お前の連れが見つかるまでは、面倒をみてやる」
ぶっきら棒なその言葉に、微かな温かみを感じたのは、私の気のせいだろうか?
「あの、でも本当にいいの?」
「……借りを返すだけだ」
ほとんど独り事のように呟いて、カイルは窓の外へと視線を向ける。
「自分も歓迎致します。カイル様がそうおっしゃっているのですから遠慮せずに」
目が合うと、エルンストさんはそう言って優しく微笑んだ。
「ありがとうございます」
二人の言葉に、素直に甘えることにする。
「……問題は、ユーゴ殿が何とおっしゃるかだな」
ふと、真面目な表情でエルンストさんは小さく呟いた。