姫君、イセン国にたどり着く(2)
「うっわ~」
大門を目の前に、私は思わず感嘆の声を発する。
大きい。
この一言に尽きる。
高さも幅も数十メートルはありそうな銅鉄製で出来た枠組みに、周りは繊細で細やかな彫り物が施されている。
門の頭上には、煌びやかに輝く金箔の飾り。
太陽を象ったその形はトリア大陸の象徴だ。
そして中央には翼と剣と楯が組み込まれた紋章。
イセン国は、東の国の中で幾度となく戦を重ね、領土を増やしてきたという歴史がある。
だからこそ、紋章も剣と楯をモチーフにしているのだと歴史で習ったのを思い出す。
門の両脇は、分厚く背の高い石の壁が見渡す限りにそびえたち、街を守護している。
その周りには軍服を着た幾人かが、規則正しく見回りを行っている。
石の壁には一定間隔に見張りらしき人物も立っていて、門以外から侵入することは不可能だろう。
相当な人数が入り口付近を固めている。
「ここがイセン国の入り口だ」
ポカンッと見上げている私に、カイルは感慨もなさそうにそう告げる。
「随分と厳重な入り口ね」
「国の入り口なんだ。普通だろ。あそこが検問だ」
(ふ、普通なんだ……)
我がエルン国では、そもそもこんな強固な門も壁もない。
一応、門と壁はあるが、それはただの風除けみたいなものだし、門番もいるにはいるが、あんないかにも、“守っています!”っていう感じじゃない。
「エルン国の名産は、ククの実とヤルルですよ~」
なーんて、始めて来た人に、地元名産紹介しちゃうくらい長閑だ。
おかげで私も、気軽に砂漠に遊びに出たりなんか出来てしまう。
入るも出るも自由。
来る者拒まず、むしろ大歓迎! な、お国柄なのだ。
あまりにも違いすぎて、少し気後れしてしまう。
「リルディ、こっちだ」
「あ、うん」
慣れた様子で門へ向かうカイルの後を、慌てて付いていく。
「お前たち、どこから来たのだ?」
厳つい顔の門番は、私たちを疑わしそうにジロジロと上から下まで見る。
「俺はカイル・アウグストだ。エルンスト……メディシス将軍に、カイル・アウグストが戻ったと伝えろ」
威圧的な門番にまったく臆することなく、カイルは不遜に言い放つ。
「メディシス将軍だと!? 貴様、何者だ?」
驚きの声を発し、ますます不審そうに不躾な眼差しを向けてくる。
「俺は……」
「カイル様!?」
カイルが口を開きかけたその時、門の内側から声が聞こえてきた。
「カイル様じゃないですか!? なんで門の外から現れるんですか!!」
早足でやって来たのは、黒髪短髪の長身の男の人。
濃い藍色の軍服姿。腰に剣を帯びている。
ひと目で軍人と分かる。
「エルンスト。ちょうどいいところに来たな」
「ちょうどいいって……まさか砂漠から!?」
「あぁ。話は後だ。急ぎ屋敷に戻る」
「はっ! それでは、すぐに馬車の手配を……」
二人のやり取りを、カイルの後ろで聞いていた私と軍服の男の人の目が合った。
「えっと……こんにちは」
とりあえず挨拶をしてみる。
「こんにちは」
ニッコリ爽やか笑顔が返ってきて、つられて私も笑みを返す。
「カイル様、こちらの可愛らしい方はどなたですか?」
「あぁ。途中で拾った」
てっ! カイルの説明はおかしい。
まるで、最初から落ちていたみたいな言い方だ。
「あのね、カイルが私を落としたんでしょ? その説明変」
「落とした!?」
私の抗議に、軍服の男の人は大げさなリアクションを取る。
「あんなに、うざいめんどい目障りと、近づく婦女子をことごとく切り捨てていたカイル様が、女性を口説き落すとは……」
「なんでお前は、すぐそっち方面に持っていくんだ」
呆れたように呟くカイル。
「違うのですか?」
「はい。ちょっと……ていうか、かなり間違った解釈です」
思わず私もツッコミを入れる。
「詳しい話は後だ。こいつはリルディ。一緒に連れていく」
「はっ! 了解しました。それでは自分も自己紹介を」
そういうと軍服の男の人は、その場に片膝をつき片手を胸に当て、もう片方の手で私の手を取る。
「自分は、イセン国第一隊所属エルンスト・メディシスであります。以後、お見知りおきを」
私の目を真っ直ぐに見ながらそう言い終えると、頭を垂れ軽く手の甲に唇を落す。
「リルディです。よろしくお願いします」
こういう仕草が良く似合う人だ。
エルンストさんはとても礼儀正しい。
カイルを見ると視線がかち合った。
「何か言いたげだな」
「だってあまりにもカイルと違うから」
「あの場で、こいつと同じことをしたらただの変態だろ」
「じゃあ、普段の挨拶ならやるの?」
ちょっと想像してみる。
うーん。似合うけれど、爽やか笑顔のカイルがいまいち想像できない。
「するわけないだろ。変な想像をするな」
きっぱりと否定され、妄想していることまで見破られてしまった。
「もうちょっと愛想があれば、似合うと思うんだけど……いえ、何でもないです」
カイルの眉間のシワが更に深くなっていくのを見て、私は慌てて口を噤んだのだった。




