姫君、イセン国にたどり着く(1)
リルディアーナ視点。
珍道中は続き、終着点が近づいた。
砂漠をひたすら歩き続ける。
黙々と歩くカイルの後を、私もはぐれないようについて行く。
何だか放っておけなくて、無理やり一緒に来ちゃったけど、思ったより元気そうでよかった。
行き先も同じイセン国だし、これも何かの縁だろう。
「リルディ、大丈夫か?」
前を歩くカイルが振り返る。
「えーと……」
“リルディ”
カイルは私をそう呼ぶ。
本当は”リルディアーナ”なんだけど。
今更訂正するのも変だよね?
そんなことを考えていたら、訝しげな顔をされて、慌てて口を開く。
「あ、うん! 私は平気。カイルこそ、昨日倒れたんだから、無理しちゃダメだよ?」
「無駄に睡眠を取ったからな。体力は回復している」
無表情ながら、確かにその足取りはしっかりしている。
昨日はどうなることかと思ったけど、今日は調子がいいみたいだ。
元気になってよかった。
(……今朝起きた時は驚いたけど)
カイルの後姿を見ながら、今朝の苦労を思い出してしまった。
………………
(あったかいなぁ)
朝日の気配を感じ、起きなければと思いながらも、体を包む温もりが心地良くてなかなか目を開けられない。
(でも、ここって砂漠だよね? 何でこんなに温かいんだっけ?)
フワフワと夢心地の中、ふと沸き起こる疑問。
砂漠の夜は寒い。
薄手の毛布一枚では厳しいだろうと思いながら、眠りについたはずなのに。
「!?」
ソロソロと目を開けてみて、その疑問は一瞬で回答が出る。
回答→カイルが私を抱きしめているから。
カイルの腕が私をすっぽりと包んでいて、呼吸が伝わってくるくらいに密着していた。
ワタワタと慌てて離れようとしたものの、カイルは強く私の体を拘束していて、ビクともしない。
むしろ、抜け出そうとすると、拒むように力を強めてくる。
(わ、わざと?)
そう思って、チラッとカイルを見ると完全に熟睡している。
無意識の行動らしい。
(仕方ないわ。これはもう、起きてもらうしかないわね)
そう考え、声をかけようとその顔を覗き込む。
「……」
「うっ」
とても幸せそうな寝顔だ。
起きている時に刻まれている眉間のシワもない。
なんというか、その寝顔は安らかすぎて、起こすことはとても非道なことに思えてしまう。
(ダ、ダメ。私には起こせないっ)
カイルの寝顔に負けて、私は自力で脱出を試みる。
少しずつカイルの腕を解き、ゆっくりと体をずらしていくという……無駄に根気と手間のかかる作業を経て、なんとか自由の身になったのは、かなりの時間が経ってからのことだった。
………………
(無理やり毛布をかけて一緒に入ったのは私だし、カイルを責められないけど)
それにしても、あんなにしっかり抱きしめるなんて反則だ。
さすがの私も慌ててしまった。
案外そういう相手がいて、誰かと間違えられたのか。
なんて、勘ぐってしまう。
「……」
「え? な、なに?」
突然振り返ったカイルが、怪訝な顔をして私を見ている。
「いや……。妙な視線というか、殺気を感じるというか」
「へ? やだな。気のせいだよ。あはは」
思わずわざとらしい笑いが漏れる。
「それより、イセン国への方角は本当にこっちで大丈夫なの?」
「あぁ。リルディが地図を所持していて助かった。これなら、オアシスを経由せずに、今日中につきそうだ」
「私じゃ、地図があっても全然分からなかったわ。カイルがいてくれて良かった。ありがとう」
カバンの奥底にあった地図と磁石を見せると、意外にもカイルはすんなりと、方角と距離を割り出した。
砂漠に無知なのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
「お礼を言うのはおかしいだろ。俺に出会わなければ、もっと楽にイセン国にたどり着いていたのだぞ?」
カイルは呆れたように肩をすくめて妙な顔をしている。
「だけど、こうして連れて行ってくれているんだもの。やっぱりお礼を言うべきことだわ」
あそこで一人きりだったら、確実に迷子になっていたはずだもの。
おかしな話だけど、やっぱりカイルがいてくれて心強いと思う。
「お前はつくづく変な女だ」
「そうかしら?」
「自覚がないとは重症だな。まったく、どういう環境で育てばそうなるのか」
そう言いながらも、最初よりは大分口調が柔らかくなったように感じる。
「それはそっくりそのまま返すわ」
だからつい、からかうようにそんな言葉を返す。
「……無駄口を叩いている場合じゃないな」
分が悪いと感じたのか、私の返しに答えることなくサッサと歩き出す。
「あ、ちょっと待ってよ!」
私は砂に足を取られながら、慌ててその後を追ったのだった。




