男、不可思議な少女と出会う(3)
体を焦がすような暑さで目が覚めた。
「ここ……は……」
目を開けかけて、その眩しさに再度目を閉じ、地面に付いた手で砂を掴み、一気に覚醒する。
「嘘だろ!?」
相当深く熟睡していたらしい。
太陽が空高く上りきっている。
毛布はしっかりとかかっていたが、隣にいたはずのリルディの姿がない。
辺りを見回すが、その姿は確認できない。
(あいつ、いつの間に……)
あれだけ側にいながら、抜け出したことにまったく気が付くことができなかった。
得体の知れない女に、ここまで気を許すなど、いくら疲労していたとはいえとんだ失態だ。
「それにしても、何も言わず消えるとは、薄情な奴だな」
自嘲気味に呟き、空を仰ぎ見る。
(当たり前の話だ)
自分を攻撃した相手といるなど、普通じゃない。
なつくようなフリをして、心の中ではいつ逃げようかと算段していた。
そう考えるのが自然だ。
(何を落胆しているんだ、俺は?)
理屈をいくら並べ立てても、“いない”という事実に、動揺している自分がいる。
こんなにも弱気なのは、きっと疲れている所為だ。
立ち上がり、服についた砂を払い落とす。
昨日よりは大分気分が楽だ。
空腹で喉もカラカラだが、いいかげんその状態に慣れてしまった。
この分なら、どこかのオアシスまでは持ちこたえられるだろう。
すでに日が照り出している今、この場所に留まっても体力を削られるだけだ。
歩き出そうとしたその時だった。
「おはよう! カイル」
「!?」
頭上から声が降り注ぎ、俺はギョッとする。
「暑いかな~と思ったんだけど、よく眠っていたから起こさなかったんだ」
見上げると、頭上の岩の上に座って、俺を楽しそうに見下ろすリルディの姿があった。
「お前……なにをしているんだ?」
「え? うん。上から見たほうが、方角の検討がつくかなって。あと、万が一にでも、誰か通らないかな~と思って……」
「そうじゃないっ」
思わず声を荒げた俺を、不思議そうに見ながらリルディは小首をかしげる。
まるで、意味が分からないというように。
「そうではなくて、なぜまだ此処にいるんだ。俺はてっきり、一人でもう出発したのかと」
「そんなわけないじゃない。一緒に行こうって誘ったのは私なのよ? 変なカイル」
ますますわけが分からないというように、口を尖らせて不満気にそう答える。
「いや。そう……なんだが」
「あ、はい。これ。クイの実と、ビスケットがちょこっと残っていたから。あんまり美味しくないかもだけど、きちんと食べること!」
岩から降りたリルディは、有無を言わさず食料を俺に押し付ける。
「……あぁ」
その勢いに押されて、俺は思わず頷いてしまった。
それに慣れたとはいえ、やはり目の前に食べ物があれば空腹は耐え難い。
「よしよし」
その場で食べ始める俺をみて、リルディは満足気に微笑む。
「お前、イセン国に何しに行くんだ?」
クイの実を飲み干してから、俺はリルディへ問いかける。
一緒にイセン国に入るのなら、それくらいは聞いておくべきだろう。
ここまで来たら、最後まで面倒をみるしかない。
そう腹を括る。
その後どうするかは、イセン国に無事に着いてから考えればいい。
半ば無理やりにそう結論付ける。
「え!? えぇっと……。その……それは……」
俺の問いに、不自然なほど動揺するリルディ。
砂を足でかき混ぜながら、段々と声が小さくなっていく。
「なんだ?」
「会いたい人がいるの」
「会いたい人?」
「あ、でもその前に、まずはクラウスたちを探さなきゃだけど。誰かさんが、スッパーンと飛ばしちゃったから」
クスクスと笑いながら、リルディは俺を見る。
それは笑い事なのだろうか?
なぜ、こいつはこうもお気楽なのだろう。
「……それで、俺のことは聞かないのか?」
「話さないってことは、聞かれたくないんじゃないかと思って。大体、砂漠に平常服で手ぶらだなんて、聞くまでもなく、わけありでしょ?」
「不安じゃないのか? 俺のような得体の知れない男」
”わけあり”だと思うならば、なお更関わらないようにするものだろう。
「そういう風に聞くあたり、大丈夫なんじゃないかしら? それに、カイル一人にしたら、野垂れ死にしてそうで、とても放っておけなかったのよね」
屈託ない笑顔でそう返される。
「……」
ある意味、的を射ている。
俺は返す言葉もなく、今日も快晴の空を仰いだ。