男、不可思議な少女と出会う(2)
(ありえないだろ。何をどうしてこうなったんだ?)
あまりにも想定外の現状に、額に手を当て深いため息をつく。
「……」
隣りを見れば、膝を抱えたまま熟睡しているリルディの姿。
しかも、一つの毛布に一緒に包まっている俺に、なぜかピッタリと体を寄せている。
一瞬誘っているのかと身構えたが、本気で熟睡しているのだ。
(こいつ、俺を暖房器具くらいにしか思っていないのか?)
女に言い寄られて鬱陶しく思ったことは数え切れないが、ここまで意識されないと、逆にプライドが傷つく。
「無防備にも程があるだろうが」
色気が微塵もない、小さな子供のようにあどけない寝顔を見て、思わず脱力する。
(意識するのも馬鹿らしいか)
もう空から日が落ちて大分経つ。
瞬く間に気温は下がり、あの暑さが嘘のように消えうせ、今は震えるほどの寒さだ。
聞けば、リルディはイセン国を目指していたと言う。
目的地は同じだと、口を滑らせたのがいけなかった。
『じゃあ、一緒に行きましょうよ。ほら、旅は道連れ世は情けって言うじゃない?』
ありえない誘いに呆気に取られていると、勝手に肯定と解釈され、拒絶するタイミングを完全に逃してしまった。
やがて日が落ち、風を凌ぐためにこの岩場で足を止めたその時、またもリルディからありえない提案がなされたのだ。
『夜は冷え込むから、これに包まりましょう』
リルディが、カバンから取り出したのは薄手の毛布だった。
『一枚しかないようだが?』
『うん。これしかないの。少し窮屈だけど我慢してね』
『は? ちょっと待て! まさかとは思うが、二人で使つもりじゃないだろうな』
『そうだよ。だって一枚しかないんだもの』
『それはさっき聞いた! それならば、お前一人で使えばいいだろうが』
『なに格好つけてんのよ。砂漠の寒さを甘く見ないで』
無理やり俺の隣りに腰かけて毛布を広げると、あっという間に眠ってしまったのだ。
(まったくわけの分からない女だ)
リルディは俺のことを何一つ聞かないし、攻撃したことを責めもしない。
そして自分のことも何も話さない。
俺たちはお互いを何も知らないまま、こうして体を寄せ合っている。
いつもの俺ならば、絶対にありえないことだ。
「何やってんだ。俺は」
こいつは殺すべきなのだ。
魔術を使う姿を見られている。
名前も顔も覚えられた。
もし、俺の正体を知られたら、とんでもなく厄介だ。
だから、殺すべきだ。
躊躇っているのは、こいつが俺を助けた所為なのか、屈託なくなつかれている所為なのか、それとももっと別の何かがあるからなのか……。
まともな思考がストップしている。
砂漠に飛んでから、ほとんど飲まず食わずで、眠ることさえまともにしていない。
(仕方がない。少しでも睡眠をとらなければ)
眠れるわけはないのだが。
ただでさえ、常に眠りは浅い。
ましてこんな砂漠の真ん中で、わけの分からない女が隣りにいる状態で、眠れるわけがない。
「ん……クラウス」
俺の腕に頭を預け、リルディはどこかで聞いた名を口にする。
(あぁ。俺が飛ばした一人か?)
赤毛の魔術師の後ろで、リルディを抱えあげていた、屈強そうな若い男を思い出す。
(なんかムカつく)
無防備に、安心しきった幸せそうな寝顔が妙に腹立たしい。
「間違えるな。馬鹿が」
リルディの肩に腕を回し、抱きしめるような格好で、俺は耳元に囁きかける。
「……ん」
小さく身を揺らしたが、リルディはそのまま、また規則正しい寝息を立てる。
八つ当たり気味にきつく抱きしめる。
温かなぬくもりが、冷たい外気を和らげる。
驚くことにリルディに触れていると、眠気が襲ってきた。
研ぎ澄まされ、高ぶっていた神経が解けていくような感覚。
久方ぶりの睡魔だった。
ずっと気を張り詰めていた所為だ。
ろくに飲食もしていない。
体力回復を、睡眠で補おうとしているのだろう。
でなければ、こんな状況下で眠くなるなどありえない。
やがてリルディの規則正しい寝息が子守唄代わりになり、俺はそのまま深い眠りに落ちていくのを感じた。




