男、不可思議な少女と出会う(1)
カイル視点。
リルディアーナのすべてに戸惑うばかりだった。
(本当に、何だこの女は)
俺は、目の前にへたり込んだ女を再度マジマジと見る。
黒い髪に碧眼の女。
多分、空を駆けていたのは、あの赤毛の男の魔術だろう。
見かけた時、即座に”敵”と判断した。
一瞬の迷いが命取りになる。
殺られる前に殺れ。
迷わず魔術を放ち攻撃を仕掛けた。
だが、ことのほか相手は粘り、魔力を消耗する結果になった。
俺は打ち落とすことを断念して、万が一の時に錬りこんでいた魔術を放った。
(そうだ。あの時、確かに魔術は発動していた)
相手を強制的に別区域へ排除する呪い。
なのに、この女は此処にいる。
あの時、この女の長い髪が太陽の光を受け金色に輝いていた。
それだけではなく、女全体を包むように光が溢れて、俺の放ったはずの魔術は女を飲み込むとなく、むしろ女を取り巻く光に飲み込まれたように見えた。
思わず見惚れたのは、意識が朦朧としていた所為だろう。
俺の魔術が消えるのと同時に、女からも光が消え、落下していくのが分かった。
何かを叫んだ女の声に我に返り、俺は咄嗟に助けるために、呪いを唱えていた。
女が何者か知りたい好奇心があったのは確かだ。
だが、あの時俺を動かしたのは、”助けなければいけない”という、訳の分からない妙な使命感からだった。
「二人は無事って本当に本当なの?」
それが、いざ目の前にいるこの女はどうだろう。
あの光景は幻だったとしか思えないくらい、ただの小娘だ。
あの時金色に見えた髪は、どこにでもいるようなありふれた黒髪。
まとっていたように見えた光も、まったく消えうせている。
俺の言葉に、青い瞳を潤ませ震える声でそう聞き返す。
「……あぁ」
実際は、その確立が高いだけで、あの二人の生死など俺は知らない。
だが、ここでまた騒がれるのは面倒だ。
そう答えるのが得策だと判断する。
「よかった」
リルディと名乗った女は、俺の言葉をすんなりと受け入れた。
こぼれかけた滴を拭い、安堵の笑みさえ浮かべている。
「……」
ほんの少し良心が痛んだのは、こいつがあまりにも俺の言葉を疑わないからだ。
俺はこいつを攻撃したんだぞ?
なのに、何でこんなにあっさり信じるんだ?
ただの馬鹿か底抜けのお人よしか。
「何なのだ。まったく」
やはり、あの光景は見間違いだったのか。
リルディは何かの手違いで、俺の魔術を逃れた。
ただそれだけの話。
俺の買いかぶりだったようだ。
「無事ならそれでいいわ。いきなりいなくなってしまうんだもの。驚いたわ」
「お前、俺が恐くないのか? 俺はお前たちを攻撃したんだぞ? 人の心配をしている場合なのか?」
リルディからは、俺への警戒心や恐怖をまったく感じない。
先ほどクイの実を押しつけた時といい、自分を攻撃した諸悪の根源を前に、なぜこうも 平然としていられるのか。
理解に苦しむ。
「え?」
俺の言葉に、リルディは真っ青な瞳を俺に向け、不思議そうに小首を傾げる。
(なんだ、この緊張感の無さは)
あきれを通り越して、感心してしまう。
「だって、あなたは怯えていただけでしょう?」
「は?」
続いて出た言葉に、思わず素で間の抜けた声を出してしまった。
「私たちを、何か自分を傷つける誰かと思い違いをしていた。だから攻撃しただけで、それを勘違いだと判った今は、私に危害を加えるつもりはないでしょう?」
「……」
確かに、こいつは俺の”敵”ではないと無意識に警戒を解いていた。
それを、感じ取ったということか。
こんな間抜けそうな小娘が。
いや、そんな洞察力があるくらいならば、何か裏があるのではないか。
こいつはやはり”敵”なのか……。
思わず聞いて余計に混乱した。
(こいつは、一体何者なんだ?)
砂漠の真ん中で、俺はただ混乱するばかりだった。