姫君、最悪の出会いを果たす(4)
「いらん。俺に構うな」
迷惑そうにそう言い放つ。
こんな状態でなぜ意地を張るのか。
半ばあきれつつ説得を試みる。
「構わないわけにはいかないでしょ? いいから遠慮せずに飲んで」
「いらぬと言っている」
男は私が差出したクイの実を手で払う。
「あぁ!」
落としかけたそれを、寸でのところでキャッチする。
危ない。もう少しで、中身がこぼれるところだった。
「……ふんっ」
それを見ていたはずなのに男は謝ろうともしない。
「あなたね……」
「毒味もなしに、得体の知れぬ貴様から差し出されたものなど飲めるか」
ブチッ!
続けざまに言われたその言葉に、私の中の何かが切れる。
「……」
私は無言のまま立ち上がる。
「うっぷ。お前な……」
当然、私の膝に頭を置いていた男は、そのまま地面に落ちて、少なからず砂が口に入り込んだらしい。
半身を起こし、何度か口を拭うと私を睨みつける。
「ちゃんと見ていなさい!」
私はクイの実に口をつける。
生暖かい甘ずっぱいエキス。
乾ききった口内に広がり、喉の渇きを潤す。
このまま飲み干したい欲求を抑え、一口のど元を通しただけで口を離す。
「飲んだわよ。毒なんて一滴だって入ってないわ。さぁ、飲みなさいっ」
「い、いらぬと……」
「まだ言うか! この大馬鹿男がっ。私は、瀕死の相手を放ってなんておけないの。私と出会ったのが不運と思って、言うことを聞きなさい! まだ拒絶するなら、無理やり飲ませるわよ!」
私は仁王立ちになり、男を睨みながら一気にまくし立てた。
(あぁ。クラクラする。頭痛がしてきたわ)
ここは砂漠の真ん中で、太陽ガンガンでめちゃくちゃ暑い。
いるだけで、体力が磨り減るのに、こいつの所為で更に体力を使ってしまった。
砂漠の真ん中で叫ぶものじゃない。
そんないらない教訓を得ちゃったわよ。
「……」
怒鳴られた張本人は、ジーッと観察するかのように私を見ている。
何か不思議なものを見るようなそんな目だ。
「わ、分かった?」
あまりにも凝視されて、取り乱した自分が段々と恥ずかしくなってきて、思わず声が上ずってしまう。
「……貸せ」
暫しの沈黙の後、男はクイの実を手に取りそのまま口をつける。
(飲んだ!)
さっきまで渋っていたのが嘘のように、そのまま一気に飲み干していく。
やはり相当喉が渇いていたみたいだ。
一度も間を置かずに、すべてをあっという間に飲み干す。
「まずい」
そのくせ、飲み終わって放った一言がそれだ。
「あなたね……」
「大馬鹿男でも、あなたでもない。俺はカイルだ」
一言文句を言ってやろうとした私の言葉を遮り、男……カイルはそう言い放つ。
唐突な自己紹介に、今度はこちらが面食らう。
「名を聞いたら返せ。礼儀がない奴だな」
驚いて黙ったままの私に、カイルがあきれたというように、肩をすくめて見せる。
さっきまでフラフラしていたくせに、少し回復したらこの憎まれ口。
何なのこの人は。
「私は、リルディ……」
途中まで口にしてハタッと気が付く。
「そんなことより! クラウスたち……私と一緒にいた二人はどうしたの!?」
「あぁ。魔術で違う区域に飛ばした」
私の問いに、シラッとした顔でカイルは答える。
「違う区域ってどこ? 二人とも無事なのよね!?」
「知るか。どこに着いて無傷かなど、俺の関知しないことだ」
「探しに行かなきゃ!」
「はっ。馬鹿か。どこかも分からないのに、どうやって探す?」
踵を返した私に、カイルが小ばかにしたように言い放つ。
「それでも探すわっ。あなたがどうして私たちにこんなことしたのか知らないし、そんなこともうどうでもいい。でも、二人にもしものことがあったら絶対に許さない」
もう一度カイルを振り返り、強く睨みつける。
”もしも”なんて考えたくないのに、脳裏を掠める最悪な事態。
言いながら、不覚にも泣きそうになってしまった。
「……お前は、さっきから人のことばかりだ。変な女」
ほんの少し口元を緩める。
はじめて、眉間に刻まれたシワが消えた。
「お前の連れは無事だ。生きている」
「え?」
「あくまで俺は飛ばしただけだ。あの赤毛の魔術師レベルなら、大した怪我もなくどこかの地に降り立っただろうさ」
カイルのその言葉に、私は脱力してその場に座り込んだ。




