姫君、激怒する(1)
リルディアーナ視点。
それが始まりだった。
小さな頃から聞かされていた両親の恋物語。
寝物語に聞かされたそれは、すごく素敵で私の憧れだった。
いつか好きな人と一緒になりたい。
それは物心ついた頃からの私の最大の夢だった。
それなのに……それなのにだ!
まさかその夢が突然に、こうも呆気なく敗れるなんて誰が想像できただろうか?
「この裏切り者―!!」
私が渾身の怒りを込めてなげたキルト布のクッションは、目標へと一直線。
「うわっ!」
見事に命中。
といっても、フワフワフカフカなものじゃ、ダメージなんて大したものじゃない。
顔面直撃させても、ちっとも気持ちは晴れない。
「姫様! 気を静めてください」
「うっさい!! 私のこと騙してたくせに!」
イライラムカムカは健在で、次は手元にあった歴史の教科書を投げつける。
「どわっ!」
むっ。避けたわね。やっぱりさっきは、ワザと当たったんだ。
なんて腹の立つこと!
「本は危険……って! ティーカップもダメですってば! それ、イザベラのお気に入りじゃないですか!? 彼女、泣きますよ!」
冷め切った紅茶を飲み干して、カラのティーカップをふり被った私に、クラウスは悲痛な声を上げる。
「……」
確かに、ローズの絵をあしらったこのティーカップは、イザベラのお気に入りで、ティータイムによく使われている。
彼女の柔和な微笑みを思い出したら、とても凶器になんてする気が失せてしまった。
「セ、セーフ……」
カップを静かにテーブルに戻したのをみて、クラウスは心底安心したように、額の汗をぬぐっている。
クラウスとイザベラの力関係が見えるわね。
イザベラはおっとりとしているようで、相手を自分のペースに持ち込むのがうまいから。
クラウスなんて、簡単に手のひらで転がされているのだろう。
「あのですね、俺は姫様を騙していたわけではなく、口止めされていただけです」
ぼんやりと、従者カップルの力関係を考えていた私に、クラウスは恐々と言う感じで、そう言い訳をする。
「大して変わんないでしょ! 私に忠誠を誓っている。とか言いながら、騎士として誠意がなさすぎるわよ」
「ですが、王にはお考えがあってのこと。姫様のお心を悪戯に乱すのは、俺の本意でもありませんし」
「もう十分乱れているわよ! 父様の考え? そんなのあるわけないわ。クラウスだって、あの軽い言動の数々を聞いたでしょ!?」
あぁ。思い出しただけでもムカムカイライラとする。
話はほんの数分前に戻る。