姫君、最悪の出会いを果たす(3)
(生きている?)
地面に真っ逆さまに落ちたはずなのに、不思議と痛みがない。
ゆっくりと半身を起こし、今は遠くなった空をぼんやりと見る。
「?」
その空がかげる。
それが人影だと気が付き、私は目を瞬く。
「クラウス?」
落ちた私を心配して、クラウスたちが戻ってきた。
そう真っ先に思ったのだ。
だけど、突きつけられたソレをみて、考えは間違いだとすぐに気が付く。
「なに?」
私の首元にあるのはギラギラとした刃。
剣を突き付けられている。
あまりにもありえない展開に、恐さより驚きで息を呑む。
「お前は何者だ?」
ヒヤリとするくらい低く冷たい声。
目だけを声の主へと向ける。
黒曜石のような黒い瞳とかち合う。
暗い暗い闇夜のような瞳にドキリとする。
恐いはずなのに、なぜかその瞳から目が離せない。
「答えろ」
ぼんやり見上げる私に、苛立たしげに男は再度言い放つ。
剣先を突きつけられている私より、この人の方がよっぽど追い詰められた顔をしている。
まるで手負いの獣のようだ。
「私たちへ攻撃をしたのはあなただよね?」
私の問いに男は大きく目を見開く。
なぜか、私の心は凪いだ風のように静かで、この人を”恐い”と思えなかった。
剣先は喉元数ミリ先にあるが、そんなことより、未だ姿を見せないクラウスとアランのことが気になった。
「私の連れをどうしたの? 二人はどこ?」
男を真っ直ぐに見据える。
「……」
「……」
私の視線を真正面から受けながら、男は無言のままだ。
睨み合いながら、数秒の間の沈黙。
と、男は息を吐き出す。
そのまま視線を外し、突きつけていた剣を鞘に収める。
「お前の連れは、もう此処にはいない」
ぶっきらぼうにそう吐き捨てる。
「それってどういう意味?」
「言ったままの意味だ」
「ちゃんと説明して!」
「!?」
私は立ち上がり男に詰め寄るけれど、すぐに身を離される。
警戒するその人を、改めてよく観察してみる。
埃にまみれているが、黒く艶やかな髪。
背は、私より頭一つ分高い。
シャープな輪郭にくっきり二重の瞳。
気難しそうに眉間にシワを刻んでいるが、端整な顔立ちをしていると思う。
鍛え抜かれた浅黒い肌を覆う服は、貴族特有の黒を基調にしたもの。
刃が納まる鞘も、嫌味にならない程度にきめ細やかな装飾が施されている。
(盗賊とかには見えない)
一体何者なのかと思案していると、唐突に男の体がグラリと揺れ、そのままその場に崩れ落ちる。
「え!? ど、どうしたの?」
慌ててかけより、恐る恐る男の顔を覗き込む。
息が荒く、唇がガサガサに乾いている。
「脱水症状?」
ハッとして辺りを見回すが、男の所持品らしきものがない。
そのうえ、よくよく考えれば格好もおかしい。
なぜ砂漠の真ん中にいながら、日よけ用のマントもつけていないのか。
そのうえ、この様子では、しばらく水分補給もしていないようだ。
かなりの瀕死の状態。
「ちょっとしっかりして! 信じられないっ。そんな格好で、どうして砂漠の真ん中にいるわけ?」
旅に不慣れな自分だって、水分の必要性と、砂漠での服装の知識くらいは身につけているというのに。
「うるさい。ギャンギャン騒ぐ……な。頭……が……割れ……そうだ」
憎まれ口を叩いてはいるが、眉間に刻まれるしわは一層きつくなっている。
呼吸も荒い。
半ば意識を手放しかけている。
クラウスとアランの安否を確認したいのに、この状態じゃとても聞きだせそうにない。
ともかく、この人を先に何とかしなければ。
水……は、重いからってクラウスが全部持ってくれていたから、この場にはない。
えぇっと。何か、なにかないの!?
「あ!」
カバンをまさぐり掴んだのは、クイの実。
手のひらサイズの丸い実は、皮を剥ぐと、液状の蜜が詰まっている。
まさに、砂漠での水分補給に持ってこいだ。
私はその場に座り、男の頭を膝の上に乗せると、クイの実を小型ナイフで飲みやすいように皮を剥ぐ。
「起きて! これを飲みなさい」
男の頬を軽く叩いて意識を覚醒させると、クイの実を差し出す。
が、男はそれを拒絶したのだった。