姫君、最悪の出会いを果たす(2)
「クラウス……」
「大丈夫ですよ。命に代えても、姫様はお護りします」
いつもと変わらないクラウスの柔和な笑みをみて、私も平静を取り戻していく。
「クラウス、下ろして」
「ですが……」
「バランスはちゃんと取れるから」
私はクラウスの腕の中から飛び出す。
「姫様!?」
「大丈夫」
むしろ私が離れたことで、体制を崩しかけたクラウスを支える。
クラウスの背中越しに見えたのは、両手を前にかざし見えない壁を作り上げているアランの姿と、無数に打ち込まれる光の玉。
そして、遥か遠い地上に見える人影。
空にかざされた片手から、無数の光の玉が作られている。
「あの人が攻撃しているの?」
遠くてよく見えないが、男性だということは分かる。
「動かないで下さい。危険ですから」
思わず身を乗り出しかけた私を、クラウスが慌てて引き戻す。
「あいつ、本当に人間か? どんだけ連続攻撃だよ」
忌々しげに舌打ちしながらも、その猛攻撃をすべて防いでいる。
アランも相当すごいと思う。
(どうして、こんなことするの?)
もう一度、地上にいる男へと視線を向ける。
「あれ?」
と、おかしなことに気が付く。
「ねぇ、アラン。あの人、もう一つの手に何か、青白い光を握りこんでいるみたいだけど、何なのかしら?」
「青白い光? はぁ!? 嘘だろっ。連続攻撃のうえに、他魔術の発動だと?」
つまり、もう一つ違う魔術を作っているということだろうか?
そう思ったのと、地上にいる男の手からその青白い玉が放たれ、私たちに向かってきたのは同時だった。
青白い光が、私たち三人を取り囲むように輪を描く。
そして、それは強い光を発っし私たちを覆い尽くす。
「チッ。防ぎきれねぇ」
「姫様!」
光に圧倒されて、視界が真っ白になる。
クラウスの姿もアランの姿もみえない。
しかも、私が支えていたクラウスの感触も消えうせている。
まるで、そこからいなくなってしまったように。
光の中に引きずり込まれそうになるのを感じてゾッとする。
(嫌っ!)
飲ミ込マレタクナイ。
多分、それは本能なのだと思う。
自分を侵そうとするものを拒絶する本能だ。
体中の血が沸騰しそうなほど熱くなるのを感じる。
意識が混濁していて、うまく考えがまとまらない。
ただ、負けたくないと強く強く思う。
(金色……ううん。これはただの幻?)
霞がかった視界に、金の光が見える。
自分の髪の色かと思ったけれど、今は黒髪なんだということを思い出し、ただの夢なのかもしれないと思い直す。
(太陽が逆さまだ)
薄れかかった意識が徐々に覚醒していき、ぼんやりとそんなことを思う。
いつの間にか光は消し飛んで、何事もなかったように静かだ。
「あ、れ?」
完全に覚醒した同時に、恐ろしい事実を認識する。
逆さまなのは太陽じゃない。
私だ。
空に浮いていたはずなのに、私は落ちていた。
というか、落ちている途中だった。
ありえないくらいのスピードで、太陽が遠ざかっていく。
恐怖で血の気が引いていくのが分かる。
暑いはずなのに、体から冷たい汗が噴出すのを感じる。
「お、落ちる――――――――――――!!」
何の捻りもない言葉が口から飛び出す。
叫んだところで、状況は何一つ変わらない。
だけど、叫ばずにはいられない。
(今度ばかりはダメかも……)
またも意識が遠のきかけた、その時だった。
『……』
何か聞きなれない言葉と声が、一瞬耳を掠めた気がした。
よく聞き取れなかったし、それはただの空耳かもしれないけれど。
なぜだか、それはとても心地よい声だと、薄れ行く意識の中で思った。