想いの後先に(4)
「これって……」
小袋からは、丸い形をした小指の先ほどの、薄茶色の物体が数個姿を現す。
「何かの種か?」
「うん。帰郷花だ」
カイルの問いに、リルディは即座に応える。
植物を育てることが好きな母の影響で、リルディもそれなりに知識がある。
そして、手の中にあるそれは、よく見知ったものの一つだった。
「帰郷花?」
「小さな薄紅色の花が咲くの。よく旅立つ人が家族とか恋人とかに渡すものなんだよ。この花が咲く頃に戻ります……っていう意味があるの」
それはつまり、レイにも帰る意志があるのだということ。
何より、レイが無事なのだと言うことが分かり、リルディは胸をなで下ろす。
「まったく。あいつらしい気障な返事だ」
「ふふ。そうだね。レイらしいわ。それにしても、やっぱりすぐには帰って来ないのね」
「一国の姫を誘拐しかけたんだ。ことが公になれば重罪。すぐに姿を現すのは無理だろう」
「でも公にはなってないわ。それに、自由は奪われたけど、何かひどいことをされたわけではないもの」
何度か危うい場面もあったが、すべて未遂だったし、基本的にレイはリルディに紳士的だった。
「はぁ。お前はどれほどお人好しなのだ? だが、誘拐された当の本人がそういうなら、処罰するわけにもいかぬな。一発殴ってチャラにしてやる」
物騒なことをサラリと言い放つカイル。
「一発殴ってって……」
「当たり前だろ。お前を連れ去られて、俺がどれだけの苦しみを味わったか……いや、やっぱり一発では足りぬか」
言いながら、その時の苦い想いを巡らせそう言い直す。
「ぼ、暴力はダメ。ちゃんと話をしようよ」
「殴った後にちゃんと話す」
こういう時のカイルは頑固だ。
もし今すぐ帰ってきたら、有無を言わさず本当に実行するだろう。
(レイが帰って来る前に、カイルを説得しないとだわ)
届けられた帰郷花の種を握り締め、独り心地で頷くリルディ。
「もっとも、リルディを奪った俺を、あいつは殴るどころか殺したいほどだろうがな」
カイルは自嘲気味に呟く。
「そんなこと……」
「あるさ。だがきっと、お前とのことを認めさせてやる。どれほどの時間をかけてもな」
目を背け耳を塞いでいたかつてのカイルであったなら、レイのことなどどうでもいいと、放っておいたことだろう。
だが、リルディを通し色あせていた世界は輝きを取り戻した。
かつて誰よりも信頼していたテオが、なぜレイに仕えているのか。
そして、異母弟であるレイが何を想い、どう生きていくのか。
知りたいと思ったのだ。
「うん! 帰ってきたらきっとね。あ! でも、ちょっと心配なんだよね。レイってば、すごく方向音痴だし、無事に帰って来られるかしら?」
自分よりいくつか年上のはずなのに、出会い方の所為なのか、目が離せない危なっかしさがある。
「テオがついている。それは大丈夫だろう。何だかんだいいながら、あいつは面倒見がいいからな」
「カイルはテオさんと知り合いだったんだよね?」
「あいつが何か話したか?」
「うん。昔一緒に暮らしていたって。その、クリスっていう人も一緒に」
リルディの言葉に、カイルは「そうか」と静かに呟く。
「お前には話しておきたいと思っていた。テオとそれからクリスのことも」
カイルは何かを懐かしむかのように空を仰ぎ見る。
「大切な人たちなんだね」
「あぁ。……城に戻ったら、俺の昔話を聞いてくれるか?」
「うん! あ、メイドだから今日はちゃんとお茶も入れるよ」
「はは。それは楽しみだ。期待している」
立ち上がり、どちらともなく視線を絡め距離を縮めたその時だった。