想いの後先に(2)
「そうだろうな。アランはお前を遊びに連れ出し、アルテュールは俺より長い時間お前の側にいる」
確かな嫉妬の色を瞳に映し、カイルは繋いだ手に力を込める。
「出会った頃は、どうしたらお前と離れられるかばかり考えていた」
自分は誰かを幸せに出来る存在ではないと、そう諦め逃げていた。
だから、恐ろしい速さで心を浸食していくリルディを遠ざけようとしたのだ。
「それが、今はどうしたら、ずっと側に居てくれるかばかり考えている。俺はお前を独占したくてたまらない」
確固たる証がほしい。
リルディが自分のもので、誰かが触れてはならないのだという婚姻という証が。
リルディの抱える事情やイセン国やエルン国のこと。
他の誰の想いも関係なく、何よりリルディを誰にも渡したくない。
それは自分でも呆れるほどの、身勝手で子供じみた独占欲。
「カイル」
「すまない。ただの戯言だ。忘れろ」
自分を仰ぎ見るリルディの真っ直ぐな瞳とかち合い我に返る。
焦るべきではないと分かっていても、自分の想いが抑えられない。
いつだって、リルディを前にすると無様で恰好悪くなる。
「……私だって、カイルを独占したいと思っているわ」
繋いでいた手を離すと、リルディは歩みを止めて呟くように言葉を放つ。
「リルディ……!」
振り向くカイルの袖を引っ張り距離を縮め、リルディはそのまま一瞬だけ唇を合わせる。
予想だにしない不意打ちに、カイルは目を見開き呆気にとられる。
「前に、カイルが私に同じことをしたでしょう? その時は意味分からないって思ったけど、今ならその気持ち分かるよ。言葉に出来ない想いを容にするとこうなるんだって」
カイルの瞳を覗き込み、いたずらが成功した子供のように、無邪気な笑みを浮かべる。
そんなリルディを前に、額を抑え込み項垂れるカイル。
「えっと。ご、ごめん。嫌……だった?」
カイルの反応に少なからずショックを受け、リルディはしょげかえる。
「……お前は、全然分かってないっ」
顔を上げたカイルはかみつくように言い放ち、リルディを強く引き寄せる。
「!?」
驚くリルディにお構いなく、小さく呪ないの言葉を呟き、空高く舞い上がる。
「ん! カイ……ル……」
町並みは遥か眼下。
雲一つない澄んだ空は二人だけの空間。
カイルはリルディを抱きしめ口づける。
先ほどリルディが仕掛けた不意打ちの口づけとは違う、深く強くすべてを奪うかのように。
「な、なんで急に……」
言葉どころか息さえ奪われていたリルディは、唇が離れた一瞬に、潤んだ瞳で目と鼻の先にいるカイルを恨みがましく睨む。
「お前が悪い」
「へ?」
「あんなことをされれば、理性のタカなど外れてしまう。仕掛けたのはお前だ」
「そ、そんなこと急に言われてもっ! カイルっ。ダメ……」
触れる指先は熱く、カイルの唇はリルディの胸元へと落とされる。
抵抗しなければいけないはずなのに、体から力が抜けて動けない。
言葉より強く、自分を欲するその熱に抗うことが出来ない。
「愛している、リルディ」
「!」
追い打ちをかけるように、優しくとろけるような声。
「ピーッ!」
流されかけたその時、太陽の光を遮る一つの影。
それは翼を広げた大鷹で、リルディの更に上を旋回し甲高い鳴声を上げる。
まるで呼びかけるかのようなその鳴き声に、リルディは我に返りカイルから逃れようとするが、強い力に拘束されびくともしない。
「ダメだってば! カイルのバカッ!!」
パアァン。
「なっ」
声を張り上げた途端、空の上で安定していたカイルの体に重力が戻る。
リルディの力が発動され、カイルの魔術が無効化されたのだ。
「お、落ちるっーーー!?」
という言葉の最中ですでにその体は地上目がけ落下している。
夢心地な世界から一変、現実に。
そして悪夢へと真っ逆さまに落ちていった。