光に落ちる影
アンヌの部屋を出てから、フレデリクは人気のない回廊へと足を向ける。
小国であるエルン国の城に護衛はさほどいない。
長閑すぎるその国に、脅威と言えるものは少ないためだ。
それでも、城全体には魔術師による防御壁が作られている。
並大抵の侵入者には十分すぎるほどの護りとなる。
「君の愛しい人は相変わらずだね」
「てめーには関係ないだろ。暗殺集団の長っつーのも相当暇と見える」
密やかに聞こえてきた声に、フレデリクは歩みを止め、冷たい声音で答える。
並大抵の侵入者には有効。
だが、目の前の男、イサーク・セサルには足止めにすらなりはしない。
「そんな殺気立つなよ。君の大切な娘は無事。イセン国王も殺人人形も無事だ。そのうえ、アランも君たちへと寝返った。むしろ、俺の方が怒りたいくらいの展開なんだよ?」
密やかな笑みを含みその姿を現す。
細身に繊細な顔立ちの美しい見目のその男は、裏世界を股にかける暗殺者集団の頂点に君臨する男。
フレデリクにとっては、時として味方であり敵でもある男。
「で? そんな愚痴を言いにきたわけか?」
「ふぅ。取りつく島もないね。すっかり嫌われてしまったな」
髪に結わえた飾りゴムをいじりながら、わざとらしく息を吐く。
「リルディアーナのことなら、あいつに一任しているからな。俺になんか言っても無駄だぞ?」
うんざりとした表情ながら、イサークへと向き直る。
「知っているさ。俺の最高傑作だった、暗黒空間を跡形もなく壊されてしまったからね。また仕切り直すよ。それに、ちょっと他に面白いものも見つけたし。暫くは手出ししないよ」
「いやいや。そこは諦めたっていうとこだろ」
「ふふ。俺は、ほしいものはどんなことをしても手に入れるよ。それが俺のポリシーだから」
「知るかよ。用がないなら行くぜ? 俺はお前と違って超忙しい」
「ファーレンの門が開くよ」
「!?」
イサークの放った一言に、踵を返したフレデリクは歩みを止める。
「今日明日ってわけじゃないけど、かなり近付いている」
「次の年までは持たねーか」
振り返らず、そのまま呟くように言葉を落とす。
「多分ね。だから、イセンの王様に忠告しておいて。俺がリルディアーナを迎えに行くまで守るようにと。さすがにランス大陸に連れていかれてしまったら、俺も手の出しようがないからね」
ファーレンの門は不可侵の場所。
その門を無理に開けることはいかに魔術に長けた、イサークと言えども不可能なことだ。
「自分で言いに行けよ。俺は忙しいっつってんだろ」
「あそこには不義理な犬がいる。あぁ見えてうちのナンバー2だったからね。見つかれば色々厄介だ。うっかり殺してしまうのも勿体ない気がするし」
気まぐれに殺そうとしていたことなど記憶にないとばかりに、イサークはそんな理由を口にする。
「知るかよ」
「そう言いながら、君は優しいから願いを聞いてくれるだろうね」
「……」
「では、次ぎ合いまみえる時までごきげんよう」
押し黙ったフレデリクを見、満足げに一礼をし、イサークはその場から掻き消えた。
「ファーレンの門が開く……か。つーことは、あいつらがまた来るのか。それとも別の誰かか? ……誰も来なけりゃいいんだがな」
照りつける太陽を仰ぎ見て、フレデリクは願う様に呟いた。