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そして姫君は恋を知る  作者: 未華
エピローグ~そして姫君は恋を知る~
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秘めた想いを胸に


 エルン国。

 南の小国の一つで、農業が盛んな長閑な国。

 南の賢王と呼ばれる王が治めるその国は、幾多の危機を乗り越え、緩やかに平和を保っている。

 この国の姫君が、イセン国王の婚約者としてイセン国城へ入ったのは、数か月前のこと。

 国交が途絶えていた二つの国が表立って交易を開始した。

 長閑ばかりであったその国も、少しずつ変わろうとしていた。

 それを喜ぶ者も懸念する者もいる。

 だが、どうかたちを変えていくのか、それが分かるのはまだまだ先のこととなる。


 エルン国城の一室。

 麗らかな昼下がり、エルン国の王子エドゥアルトのもとには、隣国リンゲンの第二王子アルテュールが訪問していた。

 メイドであるイザベラが、アルテュールへと紅茶を差し出す。


「どうぞ。アルテュール殿下」

「あぁ」


 差し出された紅茶に口をつけて少し眉をしかめる。


「あの、お口に合いませんでしたか?」

「いつも通りとてもおいしいけれど。アルテュールは紅茶が嫌いだった?」


 イザベラの入れる紅茶の美味しさには定評がある。

 今日の紅茶も問題なくおいしいと感じられるものだった。

 故に、明らかに不快な表情をした幼馴染の様子に首を傾げる。


「そうじゃない。イセン国で飲んだ時のことを思いだしてな」

「そうでしたわね。あの時も紅茶をお出しいたしましたものね」


 もう数か月経つというのに、幼馴染であり想い人でもあるリルディを追いかけ、イセン国に入ったときのことを、昨日のことのように思い出す。


「アルはまたイセン国へ戻るのか?」


 アルテュールは今、遊学という名目でイセン国に留まっている。


「あぁ。リディが待っているからな。帰ったら、リディにお前たちの様子を伝える約束だ」

「そうなんだ。けれど、リンゲン国へ立ち寄らなくて本当にいいの?」

「あぁ。下手に近づくと連れ戻されかねない。俺はまだ、あいつの側にいたいんだ。……例え、友人としてであっても、あいつが求めてくれるなら側にいたい」

「アル……」

「アルテュール殿下」


 健気すぎるその発言に、エドゥアルドとイザベラは何とも言えない想いでアルテュールを見つめる。

 馴染の少ないイセン国にいるリルディにとって、アルテュールは数少ない気心の知れた相手。

 友人として訪れるアルテュールを心待ちにしている。

 もし、想いを告げてしまえば、甘く優しい友人としての時間は潰えてしまう。

 それはアルテュールにとって不本意なことであり、何よりリルディを大いに悲しませることとなる。

 だから、その想いを今は封印しているのだ。


(俺も存外意気地がない)


 だが、それがただの言い訳であることはアルテュールにも分かっていた。

 その言い訳をいつ辞めにするか、未だ踏ん切りがつかないでいるのだ。


「それに、イセン国はやはり進んでいる。俺自身、学ぶべきことが多い。王位は兄上が継ぐ。俺も身の振り方を考えねばならないし、ちょうどいい」


 気遣わしげな二人の視線を感じ取り、大きく息を吐きそう付け加える。


「でも……はい、どうぞ」


 軽めのノックがあり、入室を許可するとそこにはクラウスの姿があった。


「失礼します。ご歓談中失礼致します。アルテュール殿下、姫様からの手紙ありがとうございました。一言お礼を申し上げたく、参上致しました」

「あぁ。別にただのついでだ。礼を言われることでもない」


 それぞれに宛てた手紙の中には、元騎士であったクラウスの分も含まれていた。

 便箋数枚に渡る手紙には他愛のないながらも、幸せそうな近況が綴られていた。


「それにしても、アルテュール殿下がイセン国王とも仲が宜しいとは意外でした」

「は?」

「姫様も大変喜ばれている様子。俺はてっきり、アルテュール殿下はイセン国王を嫌っているだろうと邪推していました。すみません」

「……貸せ」


 邪推などではなく、アルテュールはイセン国王を嫌っている。

 なにせ、自分の好きな相手の婚約者。

 アルテュールの気持ちを察しているだろうに、リルディとの面会にも許可を出している。

 そういういかにも余裕な上から目線なところが嫌いなのだ。

 それがどうして“仲がいい”などという誤解が生じるのか。

 クラウスの持っていたリルディからの手紙を読み、その内容に目を通し終わると、暗い笑みを浮かべる。

 そこに書かれていたのは、多忙であるイセン国王が時間を見つけては会いに来てくれるということ。

 そして、その話をアルテュールにした際には、必ずアルテュールも遊びに来てくれるということ。

 素直に読めば、仲がいいと読める。

 だが、実際のところはその逆。

 イセン国王がリルディと二人きりになる時間を潰すために、アルテュールが乱入しているのだ。

 王としての責務が山積みの王。

 リルディとの時間もそうそう取れるものでもない。

 数少ないその時間を、アルテュールはことごとく潰している。

 三人で囲むお茶会は、リルディを通して火花散り、かなりダークなのだが、知らぬは本人ばかりだ。


「あれをこうとるか……あいつは」

「何がどういうこと? アル?」


 アルテュールからは、何かどす黒いオーラが発せられている。


「悪いがそろそろ戻る。リディもイセン国王も待っているだろうからな」


 ニッと笑ったその顔は、どこか吹っ切ったような清々しさがある。


「クラウス、どういうことですの?」

「お、俺だって何がなんだか……」


 イザベラに軽く睨まれ狼狽える。


「でも何だか、アルってばすっきりした顔をしていたし。よかったんじゃないかな」


 エドゥアルトは、ニコニコと笑み紅茶に口をつける。


(何だか真っ黒いオーラを背負っていたが大丈夫なんだろうか?)


 そういった気配に敏感なクラウスは首を捻りつつ、同じく困惑しているイザベラと顔を見合わせた。


 その後、イセン国へ戻ったアルテュールがダークなお茶会を続け、本当にイセン国王との間に友情が芽生えるのはもう少し後の話。


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