ある日の昼下がり
イセン国王とエルン国の姫君対面から数か月後……。
イセン国。
数多の国々と戦を重ね、大陸随一の大国へとのし上がったその国は、他民族が入り混じる混沌とした国。
「おねーさん。それ五つよろしく」
賑わう城下の一角にある市場。
鋼色の髪と瞳をした男は、店頭に並ぶヤルルを指さした。
それは、イセン国よりずっと離れた南のエルン国の特産品。
数か月前までならば、高級食材店の奥深くに、目が飛び出るほどの金額で売られていた代物だ。
「あらま、おねーさんだなんて、口が上手いね。お兄さん」
愛想のいい店主は皺だらけの顔を更にくしゃくしゃにしながら、満更でもない顔だ。
「これは土産用なんだけどさ、俺も腹ペコなんだよな。ついでに一個オマケしてくれたら、すっげー嬉しいんだけど。おねーさん」
「そういうことかね。やれやれ。あんた、ランス大陸民との混血だね。私は太陽の姫君のファンだからね。サービスしてあげるわ」
「やっりぃ。姫さんに感謝だわ」
北のイセン国と南のエルン国。
国交がないに等しかった二つが、盛んに交易を開始したのは数か月前。
イセン国王の婚約者として、南の小国エルンの姫君がやってきたことがきっかけだった。
ランス大陸の民である母を持つその姫は、金の髪に白い肌というランス大陸民特有の容姿をしていた。
自国での呼び名、“太陽の姫君”という呼称は、瞬く間にイセン国でも浸透していった。
「太陽の姫君のおかげで、南からの輸入品でものも増えたし、うちらへの正式な出店許可も降りたし、本当に姫様様さね」
「はれ? おねーさんイセンの人じゃないんだ?」
「そうさね。うちの国はイセン国に攻め滅ぼされてんのさ。暫くは戸籍ももらえなくて、こき使われて。何とかそっからは逃げ通せたもんの、正式な身分証がなきゃ仕事も広げられんから。偽造パスでコソコソと商売をしとったんよ」
そう言いながら、店主はリストバンドの巻かれた手首に触れる。
奴隷には印がつけられる。
そこにはきっと、何かしらの跡が残っているのだろう。
「けんど、太陽の姫君が来て下さったおかげで、移民への待遇も見直されて、こうして堂々と店を広げられるようになったって話さね。なんでも姫さんの側仕えは、耳長族の子とバーニ前宰相の孫娘だって言うじゃないか。この国も変わったもんだね」
優遇されるのはイセン国民のみ。
移民や他種族、一握りのランス大陸民の権利や人権はなしに等しかった。
それに異を唱えれば、迫害の対象となる。
耳長族が城で働くなどありえなかったし、バーニ前宰相はそういった現状をよしとせず、改革を推進しようとし、矢先に命を落とした人物だった。
その孫娘が城にいるということは、風向きが変わった証だ。
憶測が飛び交う中で、瞬く間に新たな法令は執行され現在に至る。
「民族解放令……だっけ? 俺もあれで助かってるわ。前はさ、髪赤くして、色眼鏡で目の色隠してたりしてたんだぜ?」
あえて店主の詳しい過去には触れず、鋼色の髪の男は明るく言い放つ。
「あれま。それは勿体ない。あんたのその色。すごくいいよ」
店主の言葉に、一瞬呆けた顔になり、次の瞬間に破顔する。
「……やばっ。俺、おねーさんに惚れたかも」
「残念。うちには皺くれた連れ合いがおるんよ。あと30年早く生まれていてくれればのう」
「マジかぁ。俺、フラれてばっかだ」
あからさまに肩を落とした男の前に、ヤルルが詰め込まれた紙袋が差し出される。
「運命の相手は一人。だから、あんたもどんどん当たって砕けておいで」
「運命ねぇ」
「そうさね。ここの国の王様と太陽の姫君が出会ったようにさ」
店主の言葉に思わず笑みがこぼれる。
そう。自分はその光景を間近で見ている。
運命としかいえない二人の出会いや絆を感じさせられる光景を。
「ほら、ヤルル二つおまけしといたよ。たくさんお食べ」
「おねーさん、いい女過ぎ。また来るよ」
店先を後にし、さっそくヤルルを一つ取り出しかぶりつく。
「やっぱ、エルン国産は最高だわ。さーてっと、姫さんへのみやげも出来たことだし、そろそろ戻らねーと、サボってんのバレちまうわな」
ひとり心地でそうつぶやくと、呪いの言葉を転がし、男はその場から掻き消えたのだった。