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そして姫君は恋を知る  作者: 未華
対面編~そして始まりの時~
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イセン国王とエルン国の姫君(4)


「カイルワーン王陛下。どうかこの想いお聞き届け下さい」

「……」


 言葉を発することなく、イセン国王はおもむろに立ち上がる。

 皆が固唾を呑んで見守る中、憮然とした面持ちのまま玉座を離れ、リルディの前で歩みを止める。


「余はどれほど待てばいい? 期間は?」


 リルディの目の前に来たイセン国王……カイルは、真剣な面持ちで問いを発する。


「えっと。それは……」

「それは?」

「考えてなかった……です」

「なんだと?」


 眉根を寄せ口元を引き攣らせるカイルに、リルディは慌てて答えを返す。


「双方が納得するまで、です! その、一年くらいの猶予はいただきたいかと……」


 仲よくなれるまでの期間なんて、人それぞれだ。

 まして、リルディの場合はイセン国の人たちにも認めてもらう必要がある。

 そう考えると、なかなか険しい道のり。

 一年でも短すぎるくらいだろう。


「……無茶な願いだな。俺が拒絶したらどうするのだ?」


 カイルはリルディにだけ届くよう声を潜め問う。


「それも考えてなかった。カイルなら、きっと分かってくれると思ったし」

「……はぁ。勝手に思われてもな。だが、これも惚れた弱みか」


 呆れたように苦笑し、ゆっくりとリルディへと手を伸ばす。


「? ……!?」


 優しく頬に触れられ、次の瞬間には屈み込み唇を合わせる。

 あまりにも唐突な出来事に、リルディは何の反応も示せず、気が付いた時には唇が離れた後だった。

 リルディを始め、その場に居合わせた全員が唖然とし、言葉を無くしている。


「そなたの提案を受け入れよう。だが、余はそなたを全力で口説くぞ。覚悟しておけ」


 未だ放心状態のリルディをしり目に、カイルは満足げな顔で、今度は皆に聞こえるようそう言い放つ。

 一瞬静寂がその場を支配し、次の瞬間には爆発的な騒ぎとなる。


「やってくれたな」

「……まったく。先が思いやられる」


 苦笑するフレデリク王と苦虫を潰したような顔で息を吐くユーゴ。


「はぅ。情熱的なのです」

「ていうか、刃の君ってば性格変わってない!? うーん。通称を変えなきゃかもね」


 真っ赤な顔で頬を抑えるラウラと思案顔のネリー。


(一度ならず二度までも! しかもこんな大勢の前で。ていうか、何でそんな得意げな顔!?)


 得意満面なその表情に毒気を抜かれ、リルディは思わず脱力する。


「お、お手柔らかにお願いします」

「あぁ。善処する」

「善処って……」


 カイルからその言葉が出た時は信用ならない。

 文句を言いかけたが、表情をを引き締めているカイルの様子に言葉を止める。

 カイルは王の顔に戻り、まだザワメキが収まらないその場を見回す。

 そしてその視線を受け、その場に静寂が訪れ、カイルは改めて口を開く。


「長きにわたり、政務を疎かにしたこと、申し訳なく思う。リルディアーナ姫同様、これからは、余の王としての適任も見極めてもらいたい。必ず善き王となる。そのために、そなたたちの力も貸してほしいのだ」


 高らかに放たれた言葉は、あまりにも予想外のもの。

 静養前のただ言われるがままに、責務をこなすだけだった王とは、明らかに変わっていた。

 この短期間で何があったのか、それを知る者は少ない。

 だが、その変化は誰の目にも明らかだった。


「今更何をおっしゃるのですか。王一人では国を動かすことなど不可能。臣下あっての王。そして王あっての臣下です」


 ユーゴは恭しく頭を垂れ、それに倣い、その場にいた者たちも頭を垂れ、その言葉に同意を示す。


(すごい……)


 カイルの王としての姿を目の当たりにし、リルディは息を呑む。

 改めて、カイルがイセンという大国の王なのだと再認識する。


 その様子を見つめ、臣下の中ただ一人直立不動のまま、メディシス宰相は唇を噛みしめる。


(何だ、これは? あんな男、私は知らない)


 メディシス宰相が知るカイルワーンという男は、生き延びるためだけに王になった男。

 何の目標も野心も持ち合わせない無気力で怠惰な生きる屍。

 何もかも諦めたような目を見るたびに、苛立ちと嫌悪感を募らせていた。

 自分がゼルハート王と積み上げ作り上げてきたこの国の王に相応しくない。

 だからこそ、“魔力を持つ”ことを最大の理由に、失脚を目論んだのだ。


「……」

「!」


 カイルの視線がメディシス宰相へと注がれる。

 その瞳には、すべてを諦めたような色は消え失せ、変わりに強い意志が宿っている。

 それはかつてのゼルハート王を思い起こさせ、メディシス宰相は息を呑む。


(あの姫がカイルワーン王を変えたか。皮肉なものだな)


 自分の行いが、二人が出会うきっかけとなった。

 そして、姫君と出会ったことで、眠れる王としての器を呼び覚ましてしまった。

 握り締めていた手から力が抜け、懐の短剣が滑り落ちる。


「エルンスト。私の代わりに新たなこの国を見届けてくれ。あの王と姫が、この国をどう作り上げるのか」

「……承知しました。義父上」


 エルンストの答えを聞き、メディシス宰相はカイルへゆっくりと頭を垂れる。

 それを見届けて、カイルは安堵の息をつき、リルディへと向き直り、穏やかな笑みを浮かべる。


「あらためて、よろしく頼む。婚約者殿」

「こちらこそ、カイルワーン王陛下」


 それに応え、優雅に一礼し、リルディは屈託なくほほ笑んだ。


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