イセン国王とエルン国の姫君(1)
ついにイセン国王と対面することになったリルディだけど……。
踏み入れた大広間のその光景に目を見張る。
広間に集められた幾人もの人たち。
自分の姿を見止め、小さく場が揺らぐのを感じ、リルディはその場で歩みを止める。
戸惑いと驚き、そして好奇の目が四方から注がれている。
唐突に行われることを告げられた婚姻の儀。
集められたのは、この国を支えてきた中枢の臣下たち。
前王の遺言として、年若い王にいくつもの義務が課せられていることは知っていた。
そして、娶るべき妻も決められたものだということは、周知の事実だった。
だが、その相手が南の小国の姫だと知ったのは、つい先刻のこと。
現れたランス大陸民特融の、明るい髪色に色素の薄い肌の姫君の姿に、その場は色めき立つ。
「後ろに付き従っているのは耳長族か?」
「その隣にいる侍女は誰なんだ?」
ただでさえ目立つその容姿に加え、次いで従っているのは、他種族である耳長族の少女。
その隣にも、妖艶な雰囲気を持つ女の姿。
南の小国の姫君。
そう聞き侮っていた面々は、あまりにも意外なその姫君と従者の姿に動揺を隠せない。
「か、かなり場違いな感じなんだけど、本当に大丈夫なのかしら?」
周りには聞こえないよう、小声でネリーとラウラへと助けを求めるように視線を向ける。
まさか、こんなにも大勢の前で対面になるとは思いもしなかったのだ。
しかも相手は国の中枢を動かしている臣下たち。
その眼差しは厳しく威圧感がものすごい。
さすがのリルディも萎縮しないわけにはいかない。
「視線が痛い……です」
フルフルと震えながら、ラウラは紅い大きな瞳を潤ませる。
「ラウラ、大丈夫?」
ラウラは極度の人見知りだ。
こんなにも大勢の面前で、普段は隠している長い耳と紅い瞳を露わにしているだけでも、相当な勇気がいることだろう。
「リルディが一緒……だから平気」
ギュッと両手に力を込めて、柔らかな笑みを浮かべる。
「あなたたちはまだいいわ。私なんて、あの女誰? って視線をヒシヒシと感じるわよ。まぁ、素性がバレても居たたまれなくはあるんだけど……」
口元をひきつらせ、ネリーも強張った表情になっている。
「二人とも、巻き込んでしまってごめんね」
「別にあんたが謝ることじゃないわ。ここに引っ張りだしたのは、あの詐欺師なんだからさ」
真っ直ぐに前を見据えて、ネリーは言い放つ。
「え? えぇ!?」
敵意むき出しのネリーの視線の先にいたのはユーゴだった。
けれど、見慣れた執事姿ではない。
この場にいる者たちが身に着けているような、貴族然とした服を身に纏い、落ち着き払った様子でリルディたちへと近づく。
「お待ちしておりました。リルディアーナ・エルン姫」
目の前で立ち止まったユーゴは、胸元に手を置き敬意を持ち優雅に一礼する。
「え!? あ、あの……」
「私はイセン国宰相ユーゴ・アリオストと申します。以後、お見知りおきを」
耳を疑うような肩書を、今まで見たことがないほどの爽やかな笑顔つきで口にする。
「宰相!? なんでユー……きゃっ!」
声を上げたと同時に、長い衣装の裾を思い切り踏んづけバランスを崩す。
ユーゴはすかさず手を差し伸べ、リルディの体を支える。
「ここにいるあなたは、エルン国の姫。立ち居振る舞いには気を付けるように」
「!?」
顔が近づく一瞬、いつもの冷めた口調でそう囁かれる。
(これは間違いなくユーゴさんだわ)
もしや似た別人なのかと思ったが、囁かれた声音は確かにいつものユーゴのものだった。
「長旅でお疲れのようですね。大丈夫ですか?」
普段であればため息とともに嫌味の一つも言われるところだが、リルディアーナ姫へ接する宰相としてのユーゴはこのうえなく優しい。
「は、はい。アリガトウゴザイマス」
思わずお礼が片言のようになってしまったのは、未だその大きすぎるギャップに戸惑っている所為だ。
(ちょっと待って。ユーゴさんがイセン国の宰相ならカイルは?)
カイルの屋敷で執事をしていたユーゴ。
そのユーゴがここにいるということは、カイルも決して無関係とは言えないだろう。
(もしかして、カイルとイセン国王は知り合い?)
始めてこの国へ来た時の、カイルのイセン国王を批判するかのような言動も、近しい存在であるからこそなんじゃないのか。
慌てて周りを見回し、最後に真っ直ぐ数メートル先にある、空っぽの豪華な玉座にも視線を走らせる。
(カイルもイセン国王もいない……! ま、まさか……ね)
笑ってしまうような現実味のない思いつきが閃いて、思わず即座に否定する。
その時だった。
一瞬のざわめきとその場に生まれる緊張感。
皆の視線の先には一人の男の姿。
その姿を見、リルディは息を呑んだ。