決断の時(4)
部屋から出て来たのは、紅いドレスを身に纏った綺麗な女の人。
長い睫に濡れるように紅い口紅。
緩やかにウェーブがかった髪には、金のきめ細やかな細工が施された髪飾り。
(うっ。大きい)
それになにより大きく豊満な胸に細いウェスト。
女の私から見てもため息が出るほど完璧なプロポーション。
胸が小さいことがコンプレックスな私には、泣きたいくらいに羨ましい。
「イザベラ……。無理。これ、本当に無理なんだけど。これじゃあ、息も出来ないし」
息も絶え絶えという様子で、心なしか顔も青い気がする。
「あらあら。だって胸が豊満ですから、ウェストはそれくらい絞った方がバランスが良いのですもの。時間が経てば慣れますわ」
不満を訴えるその女性に、イザベラはサラリと言い放つ。
「慣れる前に窒息死するつーの……ん? あー!! リルディ!?」
イザベラへとツッコミを返しつつ、私の姿を見止め、次の瞬間叫び駆け寄る。
「えっと……あの? ………………ネリー!?」
詰め寄られてその顔を見て数秒、それがネリーなのだと驚愕の事実に気が付く。
「あのね、すぐ気づきなさいよね」
「だ、だって、いつもと違う!」
「あぁ。お化粧してるからねぇ。ていうか、そんなに違うかな?」
ネリーの問いに、思わず勢いよく何度も首を縦に振る。
お化粧するとこうも変わるものなんだろうか?
それに、ネリーがこんなにもスタイルがいいなんて知らなかった。
確かに胸は大きいなーって密かに思っていたけれど、胸を強調する衣装の所為か、いつもの雰囲気とは全然違って、“妖艶な美女”って感じだ。
「彼女、光原石ですわ。かなり化粧映えする顔立ちですし、久々に張り切ってしまいましたわよ」
「押しが強すぎて、思わず負けてしまったわよ。けどまさか、こんな過酷な状態にされるなんて」
ご満悦なイザベラと恨めし気なネリー。
「ネリーが無事でよかった」
見た目は全然違うけど、いつもの元気なネリーで安心した。
「あんたもね。どうやら、刃の君は無事に間に合ったのね」
意味ありげな笑みで私の顔を覗き込む。
「ありがとう。ネリーのおかげね」
「まぁ、私の力だけ……ってわけじゃないんだけど」
ほんの少し眉を顰めて、歯切れ悪く言葉を転がす。
「で! 刃の君はどんな風に助けに来たの? 再会してどうだった? そこんとこ詳しく聞きたいんだけど」
でもそれは一瞬のことで、次の瞬間には、私へと瞳を輝かせて詰め寄る。
見た目は妖艶美女でも、ネリーはネリーなんだと、思わず苦笑してしまう。
「そ、それより、ラウラとネリーがどうしてこんな恰好しているの? これから何があるの?」
さっきから疑問に思っていたことを口にする。
「決まっていますわ。姫様とイセン国王の婚姻の儀ですわ」
「え?」
それに答えたのはイザベラで、二人を見ると、心得ているように大きく頷く。
「不本意だけど、そのお供に私とラウラが選ばれたってわけ」
「ラウラ、リルディと一緒にいる。今度こそ、離れないから」
「それは嬉しいけど、どうしてそんなことに?」
私の知らない間に、一体何が起こったっていうんだろう?
「ラウラは希少な耳長族。私は……おじいちゃんがイセン国のお偉いさんだったのよね。私たちがあなたに付き従えば、それなりに拍が付くらしいわよ」
ラウラが耳長族だっていうのは知っていたけれど、ネリーのおじい様のことは初耳だ。
「拍が付くって、誰がそんなことを?」
「氷の君。あいつ、本当に最低最悪大詐欺師だわっ。あぅ……」
「ネリー!?」
「大丈夫なのですか?」
「ご、ごめん。ムカついたらクラっと来たわ」
倒れ込みそうなネリーをラウラと二人、慌てて支える。
「さぁ、姫様。ネリーのことはラウラに任せてお衣裳に着替えましょう」
「でも……」
聞きたいことも話したいこともたくさんあるのに。
「もうイセン国王の用意も整っておりますのよ。あまりお待たせするのはよくないことですわ」
半ば引きずられるようにイザベラに連行され、あっという間に埃まみれの服をはぎ取られ、テキパキと身支度を整えられていく。
………………
「出来ましたわ」
嵐のような勢いで抵抗する間もなく、着付けられてしまった。
髪を綺麗にすかれ、最後に唇に薄く紅をさして、イザベラは満足げに頷く。
孔雀緑の豪奢なレンガの衣装に、金刺繍が細やかにあしらわれたオダニも同じ孔雀緑。
額には、色とりどりの宝石があしらわれたヘッドティカ。
胸元には金と真珠が合わさったネックレス。
耳と腕にも、事細かに細工が施された上品な金細工の飾り。
「リルディ、綺麗なのです」
「とても、この前までメイドしてた子には見えないわよ」
着飾られた私を見て、瞳を輝かせるラウラと考え深げに頷くネリー。
「や、やりすぎな気がする。ていうか、こんな衣装どうやって用意したの?」
「ユーゴ様に頼んだのですわ。どんなものでも用意するとは言われましたけれど、ここまで完璧に揃えてもらえるなんて。さすが大陸随一のイセンですわね」
イザベラは満足げな笑みを浮かべる。
「ユーゴさんってば、一体何者?」
ラウラとネリーのことといい、謎は深まるばかりだ。
「追々わかりますわ。さて、準備は出来ましたわね。姫様、いってらっしゃいませ」
「う、うん……」
「大丈夫ですわ。いつも通り姫様は姫様らしく胸を張っていればよいのです」
軽く背中を押し、イザベラは優しく微笑む。
「ラウラもお共するのです」
「ここまで来たら乗りかかった船だもの。最後まで面倒見るわよ」
ラウラとネリーが私を勇気づけるように前へと進み出る。
「ありがとう」
行き当たりばったりで、勢いでエルン国を飛び出して始まった旅だった。
たくさんの人に出会って、たくさんの想いを知り、何物にも替えがたい時を過ごした。
此処に来なければ、カイルに出会うこともなかった。
こんなにも楽しい時間を得ることも出来なかったんだ。
だからこそ、イセン国に来るきっかけとなったイセン国王には感謝をしている。
(だから、嘘偽りのない想いを伝えなくちゃ)
強い決意を胸に、私はイセン国王が待つその場所へと向かった。