姫君、空を飛ぶ(4)
「きれいな星空だわ」
空を見上げれば満天の星空。
少しばかり肌寒いが、頭が冴えて考え事をするにはちょうどいい。
あれからクラウスもアランも、待てど暮らせど戻ってくる気配はなく、先に床に着くわけにもいかず、私は宿を出て夜の散歩をしていた。
宿と目の鼻の先に、砂に埋もれた岩が連なる一角があった。
ちょうど平らだった岩に腰をかける。
(イセン国王ってどんな人なんだろう?)
実は、私は相手のことをまったく知らないのだ。
数年前に代替わりしたばかりの若き王……ということは、歴史の授業でうろ覚えだが、習った記憶がある。
(だってまさか、その人が自分の結婚相手になるなんて思わないじゃない)
まだ慣れない黒髪の先を手でもてあそぶ。
髪色が変わったおかげで、かなり目立たなくなった。
自分を偽るようで抵抗はあるが、金の髪はやはり目立ちすぎる。
アランには感謝しなければだろう。
思わず勢いでエルン国を出たけれど、イセン国王に会ってどうするか、実は何も考えていない。
(何を話そう?)
顔もわからない相手。
シュミレーションしようとしてもうまくいかない。
「考えてもしょうがないかぁ」
「何がだ?」
「あれ? アラン」
振り返るとアランの姿があった。
「独りでこんなところにいると危ないぞ」
呆れたように肩を竦め、私の隣に腰を下ろす。
「平気よ。それより練習は終わったの?」
「少しは付き合ってやったんだ。あとはあいつ次第だろ」
何だかんだ言いながら、アランは面倒見がいい。
本人に言ったら、全否定されそうだけど。
「で、何を『考え』てたって?」
「あー、うん。まぁ、ちょっとね」
「聞かなくても分かるな。イセン国王……結婚相手について……か」
「!? どうして、そのことを知っているの?」
まるで心を読まれたかのように言い当てられて私は面食らう。
アランの薄い色つき眼鏡の奥の瞳が、無遠慮にそんな私を見つめいている。
「風の噂でちょっとな」
「誤魔化さないで。私の耳に入らなかったくらいだもの。エルン国でだって、かなり厳しいかん口令がしかれていたはずだわ。アランが知っているのは、不自然すぎるわよ」
「姫さんも大人になったもんだな。はじめて会った時は、考えなしの無鉄砲なおてんば姫だったのに」
からかうようなその言葉に、ムッとしてアランを軽く睨む。
「怒るなって。俺は、姫さんのそういうところが、かなり気に入ってるんだぜ?」
「だから、誤魔化さないでよ」
アランは事情を知りすぎているし、出会った場所だって、まるで私たちを待っていたかのようだった。 ただの偶然じゃないのは明らかだ。
「悪ぃが話せねーな。ある人との約束だし」
「ある人って?」
「それも言えない。ただ言えるのは、今回は姫さんの味方だってことだ」
「……つまり、協力してくれるのは、その人に頼まれたからってこと?」
「いいや。別にそういうわけじゃない。俺がしたいからしているだけ」
「ますます、わけがわからないんだけど」
「俺は姫さんを気に入ってんだよ。だから、協力してるっつーこと。理由がそれじゃあ不満か?」
困ったように笑いながら、私の黒髪を一房手に取ると口付ける。
そうすると黒は元の金へと色を変える。
「うん。姫さんはやっぱりこの色が一番綺麗だ」
「アランって、本当によく分からないわ」
いきなり現れたり消えたり、いつも『さようなら』も言わずいなくなるくせに、『ただいま』も言わず当たり前みたいにやってくる。
「いつも側にいてくれたらいいのに」
私の呟きに、髪を弄んでいたアランは動きを止める。
「おいおい。今から結婚相手に会いに行く女がそんな殺し文句言うかね」
「イセン国についたら、またお別れなの?」
アランの軽口を受け流し、私はそう訊ねる。
「そんな寂しそうな声だすなよ。攫いたくなる。それとも、攫ってほしいとか? 俺と一緒に来るか?」
眼鏡のせいで、表情は分かりづらいけど、その声はいつもより真剣みを帯びて聞こえた。
「ううん」
「即答かよ。なんか傷つくな」
私の答えに大げさにうな垂れる。
「ご、ごめん。でも私は、イセン国王に会わなくちゃ」
「なんでそんなに会いたいんだか。会ったこともない奴に惚れたか?」
「そうじゃないけど。ただ、ジッと待っているのは性に会わないの。好きになるかなんて分からないよ。だからこそ、自分から会いに行って確かめたいの」
アランは苦笑し私の頭を優しく撫でる。
「もし好きになれなかったら、俺が攫ってやるよ。俺を好きになるといい」
冗談とも本気とも取れないそんなことを言い終えて、アランはまた私の髪に口づける。
瞬く間に金は黒へと変わる。
「そんな冗談、クラウスが聞いたら本気にしちゃうわよ?」
クラウスがアランを邪険にするのは、こういう軽口のところなのだと思う。
クラウスはとても真面目だから、アランの冗談も、聞き流すということが出来ない。
「……まったくクラウスも苦労するよな」
「うんうん。そうなのよ」
「まったくな」
笑いを噛み殺すアラン。
何がそんなにおもしろいんだろう?
「姫様!」
そんな思案をしていると、遠くから駆けてくる、クラウスの姿が見えた。
「やっば。姫さんと二人きりのところなんて見られたら、八つ裂きにされる! じゃあな」
そう言うが早いか、アランの姿はサッと見えなくなる。
多分、魔術を使ったのだと思う。
「本当にすぐいなくなっちゃうんだから」
素早いアランに、思わず笑ってしまうのだった。