決断の時(1)
リルディアーナ視点。
カイルの置き土産に動揺が続いているリルディだったけど……。
「……」
「……」
静寂の中、私はエルンについてイセン国城の長い回廊を歩いている。
(エルンに見られた。絶対見られた!)
去り際にカイルがした唐突な口づけは、エルンの目の前でのこと。
我に返って振り返ると、エルンの視線はあからさまに別の方へ向けられていた。
(一切ツッコミがないのもまた居たたまれないし!)
そういうことをするのさえ恥ずかしいのに、それを知り合いの目の前でしちゃうなんて、もうこのまま消えてなくなりたいほどに恥ずかしい。
「リルディアーナ姫」
「は、はい!?」
唐突に立ち止まったエルンに名を呼ばれ、おかしな声が出てしまった。
「あなたがエルン国の姫君であらせられたとは知らず、ご無礼の数々どうかお許しください」
固い表情で放たれたのは意外な言葉。
「そ、そんな。黙っていたのは私なのだし、謝ることではないわ。私の方こそ、黙っていてごめんなさい」
膝を付き頭を垂れるエルンに、私も深々と頭を下げる。
「なっ。こ、困ります。自分のような者に、姫君であるあなたがそのようなことをされてはいけません! どうか顔をお上げください。リルディアーナ姫」
「私だって困るわ。エルンには感謝こそすれ、謝られるいわれはないんだもの。だから今まで通り、リルディって呼んでほしい」
どこか他人行儀なエルンの声音と言葉使いに戸惑ってしまう。
「そういうわけにはまいりません。一国の姫君にそのように馴れ馴れしく……」
「私、エルンのことは兄様みたいに思っているのよ」
イセン国で一番初めに親身になってくれた人。
きっと兄様がいたら、こんな感じなんだろうなって密かに思っていた。
「!!」
私の発言に絶句するエルン。
そしてなぜか、そのまま床に手を突き、項垂れている。
「エルン? あの、具合悪いの?」
「い、いえ、ちょっと慣れない響きに胸が高鳴……じゃなくて、動揺してしまいまして」
「? えっと兄様?」
「うっ。……萌え死ぬかも」
「萌え?」
その単語は、前にネリーから説明されたことがある。
どういう意味だったっけ?
「な、なんでもありませんっ。その、姫君がそうおっしゃるのであれば、お言葉に甘えさせていただきます」
エルンはガバリと立ち上がり、少し声を上ずらせながら言葉を放つ。
「姫君?」
「あ、いえ、リルディがそういうのであれば。ははっ。あなたには敵いませんね」
困ったように苦笑するエルンからは、さっきまでの余所余所しい雰囲気が払拭されて、ほっと胸をなで下ろす。
「ところで、どうしてイセン国城に来たのか、エルンは何か知ってるんだよね? 私には訳が分からなくて。どういうことか教えてほしい」
「……申し訳ありません。自分の口からは言えません」
私の問いに短い沈黙を挟んでから横に首を振ってから、私の不満げな顔を見て、静かに続けて言葉を放つ。
「ただ、カイル様を信じてください。あの方は本当にあなたを必要としている。そして、あの方だけでなく自分たちも」
エルンの真剣な眼差しが私を真っ直ぐ見つめている。
そこには何か強い意志のようなものが見えて、それ以上追及できなくなってしまう。
「ますます意味が分からないわ」
「もうすぐ分かります。残念ながら、自分が案内出来るのは此処までですが」
「え? エルンもどこかに行ってしまうの?」
「大丈夫です。あとは、彼があなたをご案内しますから」
エルンが視線を向けた先には、あまりにも意外な人物の姿があった。