イセン国城にて(4)
「あなたは?」
「アルテュール・リンゲン。南のリンゲン国第二王子だ」
「こいつは世界を遊学中でな。たまたま行き会ったので同行している」
説明を付け加えるフレデリク王の言葉を受け、アルテュール殿下は更に言葉を続ける。
「南はそれぞれ独立しているが、いざとなれば集結するだけの結束はある。もちろん、我がリンゲン国とて、エルン国に尽力を惜しまない。小国とて侮れば、怪我をするくらいじゃすまないだろう」
燃えるような怒りをその瞳に映し、アルテュール殿下は言葉を放つ。
「戦いに慣れぬものが集まったところで、それはただの烏合の衆。戦はそれほど甘いものではありません」
「何だと!」
殴りかかるほどの勢いで身を乗り出すアルテュール殿下を制したのは、フレデリク王。
鋭い眼差しをメディシス宰相へと向ける。
「烏合の衆も集まれば、それなりに脅威となる。東と西、それに北にも今のイセン国に不満を持つ輩はいる。それぞれに伝手もあるんでね。我が国を落とす気でいるならば、覚悟をした方がいい。少なくともそれなりの対価は必要になる。戦場は武力だけが勝ればいいってもんじゃねーからな」
“やる気なら徹底抗戦も辞さない”
淡々とした口調で言いながらも、そこには確かな闘気が見える。
下手な脅し文句など、この男には通用しない。
フレデリク王の答えに、メディシス宰相は怒りに肩を震わせている。
「我が国は戦を幾度となく経験している。我が軍が動けばそのような口は……」
「誰が軍を動かすと?」
放たれた言葉と共に現れた人物に、メディシス宰相の顔色が変わる。
「カイルワーン王……」
「まるで死人を見るかのような顔だな。心配せずとも、体は大分良くなった。優秀な臣のおかげで、長く養生出来たおかげだろう」
王の正装である黒衣に袖を通したカイル様は、長いマントを翻し、フレデリク王の前へと立ち膝を折る。
「お待たせし申し訳ありませんでした」
「大丈夫なんだな?」
「問題なく。ご心配をおかけいたしました」
「いや。息災でなにより」
フレデリク王はリルディアーナ姫の無事を確かめ、カイル様はそれに答えた。
すべてはつつがなく完了したのだろう。
「これから婚姻の儀を執り行う。ユーゴ……アリオスト宰相、皆を集めてくれ」
「承知致しました」
久方振りの呼び名に、微かな懐かしさと喜びを感じる。
“執事”という役柄もなかなか面白くはあったが、やはり本来の自分であることには、特別な感慨がある。
「メディシス宰相。あなたにも立ち会いをお願いしたい」
「……承知、致しました」
カイル様を追い落とすには、“制御出来ない魔力”を知らしめる必要がある。
だが、今のカイル様は数日前が嘘のように落ち着いている。
失脚の口実が見出せない今、メディシス宰相の目論見は潰えたことを意味する。
沈痛な面持ちでメディシス宰相は頭を垂れた。
「アリオスト宰相。長らく苦労をかけすまない」
「私はあなたが王であるから、この場所にいるのです。私が望み選んだ結果です。あなたにしていただきたいのは、私への謝罪ではありません」
そう。不安定で未知数のこの方が王になったからこそ、私はここにいる。
カイル様……いや、カイル様と彼女の娘であるリルディアーナ姫。
二人が紡ぎだすこの国の幸福な未来を信じたからこそ、ここにいるのだ。
「あぁ。そうだな。期待は裏切らない。俺は進むべき道を見つけたのだから」
その声には揺るぎ無い確かな決意が見えた。