たどり着いたその場所は
リルディ視点。
砂馬を走らせたどり着いたのは意外な場所で……。
「すまなかったな。お前の騎士を置いて来てしまって」
砂馬を走らせながら、カイルは気遣わしげに言葉を放つ。
「ううん。いいの。きっと話したいこともあるだろうし。アランのことはクラウスに任せた方がいい気がするから」
何だかんだ言いながら、やっぱり二人は親友でお互いをきっと分かっている。
クラウスなら、アランがこれからどうするべきなのか、きっと助言も出来るはずだ。
「クラウスを信頼しているのだな」
「うん。だって私の騎士だもの」
ずっと昔から常に側にいた存在。
私の一番の理解者で絶対的な味方。
「……少し妬けるな」
「ん? 何か言った?」
「別に。何でもない」
「?」
風の音に紛れて聞き逃したカイルの言葉。
何と言ったのかは教えてくれなくて、変わりに抱きしめる腕がほんの少し強くなる。
「それで、今はどこに向かっているの?」
先導して前を走っているのはエルン。
きっと行先を知らないのは私だけだ。
「……」
「カイル?」
私の問いに答えは返ってこない。
代わりに、私を抱きしめるカイルの腕がますます強くなる。
「初めて会った時、お前は俺のことをどう思った?」
「え?」
「いつから俺のことを好きだった」
「なっ。いきなりどうしたの?」
「聞きたいんだ。聞かせてくれ」
「……最初はちょっと嫌な奴って思ったかな」
唐突に攻撃されて、顔を合わせた途端に剣を突き付けられて、そのうえ人の親切を無下にするし。
少し……ううん。
けっこムカついた。
今思い出しても、ちょっとイラッとするし。
「そうなのか……」
けれど予想以上にしょ気た声が返ってきて、思わず慌ててしまう。
「あ、最初だけだよ? そのあとは、ほら! 一緒にイセン国まで言ってくれたし、メイドになった時も心配してくれたりして。……多分、メイドになった頃には、もう意識していたんだと思う」
いつからかなんて、正直断言できないけれど、少しずつ想いは積み重なって、それは確実に大きくなっていった。
「俺も……いや。今は言うべきではないな」
「カイル、何だか変だよ? どうかしたの?」
やっぱり私の問いには無言で長い沈黙が続く。
砂馬は砂漠地帯を抜けてイセン国内へと入る。
先導するエルンの後に続き、工業地帯を駆け抜け、急な坂を休むことなく走り続ける。
「え? あれって……」
視界に入ってきた大きな見慣れた建物。
それはカイルの屋敷から何度となく見つめいていた場所。
「イセン国城だ」
呟くように放たれた答えに、胸の鼓動が大きく音を立てる。
婚約者であるイセン国王がいる、私が当初目指していた場所。
カイルに出会って恋をして、心の片隅にありながら、ずっと考えないようにしていた場所だ。
「どうして?」
一直線に向かっているのはその場所で、だからますます意味が分からなくて混乱する。
カイルには、イセン国王が私の婚約者なんだってことを話してある。
婚約解消をお願いするつもりだけど、まだ父様も説得出来ていないし、そもそもイセン国王は、私がイセン国にいること自体知らないはずだ。
どうして、今此処に来たのだろう?
「開門!!」
先導していたエルンが高らかに声を発し、大きく頑丈な門が開く。
そういえば、エルンはこの国の軍人で、将軍と呼ばれるような偉い人だったんだっだと、ぼんやりと思い出す。
そびえたつイセン国城は、遠くから眺めていたよりずっと大きくて絢爛で圧倒されてしまう。
「行くぞ」
呆気なく登城は許されて、何の躊躇いもなく城内へと進んでいく。
中に入ってもやっぱり大きくて、これじゃあエルン国一つ入ってしまうんじゃないかしら? なんてことを混乱する頭で思う。
どこをどう走って、ここがどこなのか見当もつかないけれど、小さな袋小路にたどり着いて、やっと砂馬を諌めて歩みを止める。
「カイル様。あとのことはこちらで。行ってください」
先に待機していたエルンが、早口でそう言い放ち、カイルは大きく頷き砂馬から降りる。
「カイル。これってどういうことなの?」
蚊帳の外なのは私だけだ。
何がどうなっているのかも分からなくて、すっかり置いてきぼりだ。
このまま取り残されても途方に暮れてしまう。
縋るように、今にもどこかに行ってしまいそうなカイルの服の袖を掴む。
「……すまない。説明している時間がないんだ。行かなければならない」
「後は自分がご案内致しますから、ご安心ください」
カイルに続き、エルンが優しく諭すように言葉を続ける。
「だけど……」
せっかく再会できたのに、どうしてまた離れ離れにならなくちゃダメなんだろう。
一緒について行きたい。
そう喉まで出かかって、けれどそれは我がまな気がして、寸でのところで飲み込む。
「すぐ、戻ってくるよね?」
「あぁ。きっと。……俺はお前を誰よりも大切に思っている」
「!?」
今の流れで、いきなり何を言いだすんだろう。
カイルは時々、驚くくらい唐突に心臓に悪い言葉を口にする。
「先に謝っておく。こんなかたちになってしまってすまない。だが、俺の想いに偽りはないんだ。俺は全身全霊でリルディを愛しているから」
「愛っ!? なっ、カイル、言ってる意味が全然分から……!?」
言葉は途中で止まる。
正確には止められた。
袖を掴んでいた手を引き寄せられ、そのまま、私の唇をカイルは自分の唇を押し当てて塞ぐ。
唐突すぎて瞳を閉じる暇もなく、至近距離でカイルの瞳とかち合う。
その瞳に魅入られて、思考回路が完全に止まってしまう。
「行ってくる」
唇を離したカイルは何事もなかったように、落ち着き払った声でそう言うと、未だ頭が回らず放心している私を残して、その場を後にしたのだった。