太陽に手を伸ばして
アラン視点。
クラウスと残ったアランはすでに覚悟を決めていて……。
この世に未練がないのか? って言われればそりゃ山ほどある。
それに、逃げようと思えば逃げられたんだ。
昔の俺だったら、何の迷いもなくとんずらしてたし、此処にいる面子なら、きっと見逃がしてだってくれただろうさ。
揃いも揃ってお人好し連中だ。
(けど、何でかまだ此処にいんだよな)
目の前には、殺人人形と呼ばれていたかつての同僚。
底なし沼のような闇から這い上がり、光の中へ生還し、最良の主を得て騎士となった。
認めたくなんてないが、俺は心底こいつが羨ましかったんだ。
「言いたいことはあるか?」
「別に。命乞いとかする性格でもねーし」
ここに残った時点で、命は放棄したようなもんだ。
自分がそれだけのことをしてきた自覚はあるし、常に死ぬ覚悟は出来てる。
今更、アタフタすることでもねぇ。
(俺がいなくなっても、アンと姫さんが心配しなければいいんだけどな)
そんなことを考え苦笑する。
想う相手には、それぞれ最高の伴侶がいる。
(前言撤回。少しくらい寂しがってほしいよな。やっぱさ)
クラウスが腰に帯びた剣に手をかける。
鞘から引き抜かれた刃は、陽の光を受け、神々しいほどの美しさを放つ。
「……」
刃を構えるクラウスに表情はない。
長い付き合いだった。
もう少し躊躇いを持ってほしいと思うのは、俺なりにクラウスを嫌いじゃなかった所為だろう。
「嫌な役目だよな。悪ぃ」
死ぬときはもっと胸くそ悪いかと思ったが、案外悪くないから不思議だ。
そんなことを思いながら、振り下ろされる刃をぼんやりと見つめた。
………………
…………
……
「は?」
目と鼻の先にある研ぎ澄まされた刃。
それは俺の体を切り裂くことなく、中途半端に宙に浮いたままだ。
「少しくらい“生”に執着しろよ。姫様が悲しまれる」
そう言い放ち、憮然とした面持ちで剣先を鞘に収める
「どういうつもりだよ」
「アランは昔からそうだ。自分が生きることに執着がないから、相手の命も軽く考える。そのくせ、気に入った相手を傷つけることは心底怖がって、深く踏み込まず距離を持つ」
「わけわかんねー。だから何だよ。何も言わねーと思ったら今度はベラベラと。殺すなら、サッサとやれよ」
「……姫様の側にいてほしい」
「はは。なるほどな。姫さんの側……はぁ!?」
あまりにも唐突なその発言に、さすがの俺も耳を疑う。
長の呪いが解けて、変わりに頭がどうかしちまったのかもしれねぇ。
「あんだけ、姫さんから遠ざけたがってお前が、どういう風の吹き回しだ? 分かってんのか? 俺は暗殺者だぞ?」
「元、だろう。イサーク・セサルに楯突いたんだ。暗殺業も廃業だろう? それに、それを言うなら俺だって元暗殺者だ」
「意味わかんねー。何でよりにもよって俺なんだよ」
冗談にしては性質が悪ぃーし、本気なら尚更性質が悪い。
「姫様はイセン国へと嫁がれることとなるだろう。だが、あの男が姫様をまだ諦めたとは思えない。だからいざという時、カイルワーン王と共に姫様を守ってほしい」
「あのな、姫さんを守るのは、騎士であるお前の専売特許だろ」
「……もともと姫様の騎士は俺の我がままを通していたこと。姫様が伴侶を迎えられたら、俺は姫様の騎士ではなくなる。エルン国に残り、騎士団長としての責務に専念することになる。それが、フレデリク王との誓約だから」
「……」
「お前なら、イサーク・セサルの気質をある程度理解している。どうか、姫様の御身を守るために力をかしてくれ」
ありえないことに、あのクラウスが俺に頭を下げている。
「な、なんだよそれ。俺なんかを信用していいのか? お前だって、俺がどんなにいい加減な男か分かってるだろーが」
「あぁ。人としては正直どうかと思っている」
「即答かよ! 少しは否定しろよなっ」
「だが、お前は姫様を命がけで守ってくれた。それから、イサーク・セサルの呪縛が解けて色々思い出したんだ。お前は本当に大切なモノは裏切らない。そこだけは信頼している」
「……」
冗談じゃねぇ。
こっちは死ぬ覚悟だって出来てたんだ。
それをこうも簡単にひっくり返されちゃたまらねぇ。
「信頼とか言うなよな。マジ寒い」
詰めていた息を吐き出し脱力し、その場に倒れ込む。
手のひらにはじっとりと汗が滲んでいる。
どうやら自分で思うよりも、気を張り詰めていたらしい。
「なっ。人が真剣に……」
「分かった分かった。お前が土下座までして頼むんだから、引き受けねーわけにはいかねーだろ。俺は大都会で姫さんと豪遊三昧しとくから、お前はど田舎で野菜でも育ててろよ」
「話を盛るなっ。それから、姫様におかしなマネをしたら今度こそ叩き斬る」
収めたはずの刃をまたも鼻先につきつけ睨みを利かせる。
「その前に、あの王様に殺されんだろ。もっとも、姫さんはまだあいつがイセンの王様だって知らねーんだろ? うまくまとまるかねぇ」
どうやらイセン国もゴタゴタしてるみてーだし、まだひと波乱ありそうだ。
「あのお二人なら大丈夫だ。なにせ、カイルワーン王は姫様が選んだお相手なのだから」
何の迷いもなくきっぱりとそう答える。
「さいですか」
空は底抜けに青く澄んでいやがる。
それは姫さんの澄んだ瞳を思い出して悪い気がしない。
体はガタガタで痛みやがるし、疲労困憊は半端ねー。
それでも、こんなに穏やかな気持ちは久しぶりだ。
「イセン国王様のお手並み拝見と行こうじゃねーか」
願わくば、次に姫さんに会った時には、あの太陽のような笑顔を見たい。
照りつける太陽に手を伸ばしそんなことを思った。