姫君、空を飛ぶ(3)
「人間、向き不向きがあるじゃない? 初めてなんだもん。しょうがないよ」
「……」
日が落ちて宿に入ったものの、クラウスは部屋の隅で膝を抱えたまま空ろな目をしている。
私の言葉にも反応がなく、落ち込みまくっている。
「あんな失態をさらすなんて……俺は騎士失格だ……もう合わす顔もない……」
途切れ途切れにそんな声が聞こえてくる。
「うっわ。なにあいつ、まだいじけてんの?」
部屋に入ってきたアランが、呆れたように言い放つ。
「アランがいじめるからよ」
空の上でまったくバランスが取れず、湖の死体状態のクラウスを、アランはさんざんからかっていた。
いつも言い返すクラウスも、不慣れな空の上のため、黙って耐えるのが精一杯。
顔面蒼白のまま、ひたすらうな垂れていた。
「いや~。つい面白くてさ」
「アラン」
ケラケラと笑うアランに、非難を込めた視線を向けると軽く肩を竦ませる。
(でも、もとはといえば、私が行きたがったから付いてきてくれたんだものね)
何だか責任を感じてしまう。
床に座りこんでいるクラウスの横に私も腰を降ろす。
「ごめんね。クラウスは嫌だっていったのに、無理やりつき合わせちゃって。クラウスがつらいなら、明日からまた陸路でも構わないよ」
つい急ぎすぎて、自分のことばかり考えていた。
いつも私のわがままに付き合ってくれるクラウス。
今度は、私がクラウスの気持ちを尊重するべきだ。
「姫様」
私の言葉にクラウスはやっと顔をあげ瞳を潤ませる。
うわっ。泣くほど嫌だったんだね。
「姫様にそこまでお心を砕いていただけるなんて……アラン!」
唐突にクラウスがガバリと立ち上がり、のほほんと果実酒を呑んでいたアランに向かって行く。
「は? な、なんだよ」
「今から飛行練習だ!」
身構えるアランに向かってそう言い放ち、アランの持っていた果実酒を煽りグラスをカラにする。
「げっ。俺の酒を……」
「いいから、顔かせ! きちんと飛べるようになるまで寝かせないからな」
不満気なアランをそのまま引きずり外へと向かう。
「あ、姫様は先にお休みください。俺、必ず大空をはばたいてみせます!」
「う、うん。期待しているね」
「はい!」
どうやら、クラウスのやる気スイッチが入ったらしい。
いつもながら、その変わり様はすごい。
「いや、飛ばすの俺だし。つか、飛び方なんてどうでもいいだろーがっ。お前、立ち直り早すぎ……」
すでに姿は見えないが、やる気十分のクラウスに、ツッコむアランの声が聞こえてくる。
(大丈夫かしら?)
少しだけ心配になる。
すでに日が落ちて大分経ち、夜の闇は濃い。
日が落ちれば、気温は瞬く間に下がり、震えるほどの寒さになる。
とりあえず、クラウスたちが戻ってきた時のために、温かい飲み物でも用意しておこうかしら?
などと、思案するのだった。