表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして姫君は恋を知る  作者: 未華
再会編~そして想いは一つになる~
148/180

闇の中(1)

カイル視点。

たどり着いたそこに、待ち受けていたのは……。

(ここは……)


 たどり着いたのは、あまりにも予想外の場所だった。


「書庫?」


 そこは、見慣れた屋敷の書庫。

 だが、理路整然と本が棚に収まり、綺麗に整えられたそこは、今の書庫じゃない。

 かつての主……クリスがいた空間だ。

 懐かしく愛しい、そして悔恨深い場所。


「幻覚か」


 リルディが取り込まれている、陰の魔力が満ちている空間。

 精神を乱すために、思い入れが強い場所を映すことは十分にありえる。


「……」


 ここのどこかに、必ずリルディがいるはずだ。

 こんなことで怯んでいる場合ではない。


「久しいな、カイルワーン」

「!?」


 踵を返した瞬間、耳に届いた声に反射的に振り返る。

 そこにいたのは、もう二度と見えることはないはずの男。


「ゼルハート・イセン」

「父であり王でもある余を呼び捨てとは、貴様も偉くなったものだな」


 口元に浮かべた酷薄な笑みと、人を威圧する冷たく鋭い瞳が俺を射抜いている。

 幾多の戦場を駆けぬけ、奪い殺し、イセン国を大国へとのし上げたその男は、病に倒れ呆気なく命を落としたはずだ。

 ここにいるはずはない。


「……お前に構っている時間はない。過去の妄執は消え失せろ」

「ククッ。余を呼び寄せたのは貴様だ。天翼にも人にもなれぬ紛い物よ」

「!?」

「お前は、愛しき者を連れに来たのだろう? だが、果たしてそれは良きことか?」


 まるで獲物をいたぶる猛獣のごとく眼差しを向け、男は低く喉を鳴らし笑う。


「どういう意味だ?」

「貴様が一番分かっているのではないか? この屋敷の主は、なぜ命を落としたのだったか」


 言葉と共に、倒れこむ人影が浮かび上がる。

 いつの間にか、血だまりが床を赤く染め上げている。


「っ!」


 それが幻覚だと分かっていても、その光景は俺の心を追い詰める。

 忘れるはずもない。

 それはクリスの命が消える光景だ。

 天翼に命を狙われた俺を、身を呈して庇ったクリスの姿が目の前にある。


「やめろ……」

「貴様の母親も、お前を生み落としたばかりに命を落とした。レイの母親はどうだ? お前が王位を奪ったばかりに、城を去ることになり、旅先で死んだ」

「煩いっ」

「貴様の周りは死臭に満ちている。そして、これからも死の影は消えぬだろうよ。紛い物の命を持つ王」


 ゼルハート・イセンの言葉は、心の奥深くを的確に突き刺す。

 そうだ。

 俺は多くの者を巻き込み、この“生”を長らえている。

 命を落とさずとも、翼を失くしたテオや、王位を奪われたレイ。

 人生を狂わされた者も少なくはないだろう。


「果たして、貴様は愛しき者を救えるか? いや、救うどころかその運命を捻じ曲げ不幸へと誘うだけだろう」

「……」


 もし俺と出会わなければ、リルディはイサーク・セサルに目を付けられ、こんなところに閉じ込められることもなかったのかもしれない。

 そして俺ではなくレイがイセン国の王になっていれば、運命のように二人は出会い、やがて想いは通じあっていたのではないか。


「俺は……」

「貴様は存在してはならなかった。貴様はいらぬ存在だ」


 耳元でそう囁かれ、足元がグラリと揺れる。

 体が熱くなり、制御出来ていたはずの魔力が暴走を始める。

 すべてを破壊しつくし、消してしまいたい衝動に突き動かされそうになる。


『この世にいらない存在なんてない』


 その時、声が響いた。


『カイルが暴走しそうになったら、何度でも私が止めるよ。誰かを傷つけさせたりしない』


 神々しいまでの清らかな光を纏い、微笑むリルディ。

 それは、闇に覆い尽くされた俺を救い出してくれた言葉。


「……俺は確かに紛い物かもしれぬ。だが、それでも足掻き生きることを選択したんだ」


 リルディを守り抜くと決めた。

 魔力あることを否定せず、偽ることのない王になるのだと、彼女へ想いを告げた時に誓った。


「だから、ここで立ち止まるわけにはいかぬのだ!」

「くっ。あぁ!」


 精神を集中し、光の刃を創り出し切り裂くと、ゼルハート・イセンを形作るモノは消え失せ、黒い煙へと変わる。


「もうあんたの傀儡でいることはやめたんだ」


 死してなお、俺を縛り付けていた男へ決別の言葉を放つ。

 いや、勝手に縛られ諦めていたのは、俺自身だったのかもしれないが。

 

「カイル、君は強くなったんだね」

「なっ。クリス……」


 黒い煙はクリスの容へと変わる。

 銀フレームのメガネの奥から見える、優しい眼差し。

 無頓着にボサボサの髪。

 華奢な体に纏ったヨレヨレのシャルワニにチェリダール姿。


「ねぇ、ボクは君の所為で死んでしまったんだよ? それでも、君は生きるの?」


 懐かしい声で紡がれた言葉は、俺の心を惑わせるもの。


「君なんか引き取らなければよかった。あの時、君が死んでいればよかったんだ」

「……」

「君は所詮まがい物なんだよ。天翼でも人でもない。この世にいてはいけない存在だ。だからさ……今からでも消えてよ!」


 襲い掛かかって来たそれを、光の刃で一刀両断にする。


「ボクを……君を助けたボクをまた殺すの?」

「クリスを侮辱することは許さぬ。クリスは、いつも自分より人を優先する奴だった。天翼だとか人だとか、まして俺が何者かなんて、まったく無頓着だったんだ。それに……」


 今でも鮮明に思い出すことが出来る。


『君は生きるべきだ。生きて幸せになりなよ。ボクが君やテオに出会えて幸せだったように、君にもそんな人に出会ってほしいんだ』


 誰よりも俺が“生きること”を、“幸せになること”を望んだのはクリスだ。

 その言葉があるから、俺は今日まで生きながらえ、そしてリルディに出会えたのだ。


「俺はもう惑わない。こんな場所は何の意味も持たないんだ!」


 パアァン!


 俺の声とともに、空間ははじけ飛ぶ。

 瞬く間に風景は消え去り、その場は暗闇に包まれる。


「リルディ! どこだ!? 返事をしろ!」


 四方を見回しても、暗闇が広がるばかり。

 はやる気持ちを抑えられずに駆け出す。

 ただひたすらに、リルディへの想いを胸に。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ