大空の対峙
カイル視点。
たどり着いたオアシスで見たものは……。
その場は、異様な光景が広がっていた。
抜けるような青空。
大地を覆う緑。
すべてを輝かせる太陽。
オアシスと呼べるそこは、平和を象徴するかのように穏やかだった。
「イサーク・セサル」
だが、柔和な笑みを浮かべた男の隣りには、この場所には不釣り合いな禍々しい黒が渦巻く大きな球体があった。
(すごい魔力だ)
少し前の俺だったら、その強い陰の気に当てられ、魔力を暴走させていたかもしれない。
それほどまでに、ここ一帯がその球体の禍々しい力に支配されている。
「おや? 臆病者の王様じゃないか。それに……ふぅん。なかなか面白い連れがいるね」
俺とレイ。
それにテオを見まわし、イサークは得心顔で頷く。
「どこかの野良犬が情報を流したね。自分がダメだった場合の保険か。君たちもあいつにいいように使われているね」
「無駄話はいい。リルディを返してもらう」
「彼女をどこにやった!」
「ふふ。君は皆にとても愛されているのだね」
黒い球体を愛しそうに撫でつけながら、そう囁きかける。
「まさか……」
禍々しいほどの魔力を秘めた球体は、人一人飲み込めるほどの大きさがある。
黒い靄の中、微かに見える金色を見止め、怒りで体中が熱くなる。
「カイル!」
「……大丈夫だ」
怒りで魔力制御を解きかけたが、テオの声に何とか自制心を取り戻す。
ここで魔力を暴走させれば、イサークの思うつぼだ。
「貴様! まさか、リルディアーナをそんなところに閉じ込めたのか!?」
「これは心外。君も彼女を閉じ込めていただろう? 鳥かごの種類が違うだけだ」
「っ! 黙れ。リルディアーナを出せ!!」
激高したレイが、イサークのもとへ駆け、剣を振り下ろす。
だが、それが届く前に、イサークは優雅な身のこなしで、剣筋を避ける。
「テオ!」
「了解した」
間合いを取り、数メートル下がったところに、体制を崩したままのイサークへテオが魔力の塊を投げつける。
「甘いね」
ほんの瞬く間に、イサークはその場から空の上へと移動する。
「逃がさない!」
魔術で空へと上がり、イサークと対峙する。
空の上であれば、万が一にもリルディを巻き込むことにはならない。
「……ふふ」
「何がおかしい」
「いや。君と初めて会った時から、何か感じるものがあったけれど、どうしてかやっと確信が持てた。これじゃあ、彼らも君を受け入れ難いわけだ」
「何のことだ?」
「君は不完全ながら俺の同族のようだね。いや、俺にはもう翼はないし、“元”同族とでも言えばいいのかな」
「なっ」
放たれた言葉に絶句する。
こいつは今、何と言った?
“元同族”
つまり、このイサーク・セサルという男は天翼だったということか。
翼がないということは、天への道は絶たれているということ。
この男なら、ありえあない話ではないだろう。
「貴様の過去に興味などない。お前が何者であろうと、俺の敵であることには変わりない」
「ははっ。驚いたな。前とは別人のようだ。魔力も安定しているし、迷いも吹っ切れている。これは付け入る隙がなさそうだ」
「お前の無駄話はどうでもいいと言っているっ。リルディを解放しろ」
剣を構え、イサークへと突きつける。
「……」
睨み合いを続け、数泊の間がその場に流れる。
と、更に空高く舞う大鷹が、俺とイサークの間を旋回し、高い鳴声を上げる。
「時間切れか。これはますます分が悪い。一度出直す。色々楽しかったよ」
そう言い放つと身を翻す。
「なっ……!?」
「ピャピャァッ!!」
先ほどの大鷹が、イサークを追いかけようとした俺の行く手を阻む。
「くそっ。どけ!」
鋭い爪をむき出しに、まるでイサークを守るかのように襲い掛かる。
翼を広げれば人の子ほどの大きさがあろうかという大鷹に視界を阻まれ、それを振り切った時には、イサークの姿は消えていた。
「ぴーっ!」
それを見届けたかのように、大鷹も俺から離れ高度を上げ、いずこかへと飛び立っていった。