光なき世界で
リルディアーナ視点。
落とされたのは闇が支配する空間で……。
………………
…………
……
(ここは……どこ?)
一瞬意識がなくなり、次に気が付いた時には完全な暗闇の世界。
目を開けているはずなのに、何も映し出されず、自分の姿さえ見えない。
両手を握りしめ、やっと自分の容があるのだと認識する。
「……!?」
声を出したつもりだった。
それなのに、耳に私の声は響かない。
声が出ていないのか、それとも耳がおかしくなっているのか。
それさえ分からない。
「……! ……っ」
何度叫んでも、声は聞こえない。
無音と静寂。
そして暗闇。
(怖い。やだ。ここは嫌だ……)
恐怖が心を蝕んでいく。
「……っ」
もう一度声を上げてみても、それは自分自身にすら届かない。
ここにいるのは、本当に“私”なのか。
それすら曖昧になっていく。
自分自身を抱きしめようとしギョッとする。
(何もない……)
“触れた”という感覚がないのだ。
確かにそこに私の体は存在するはずなのに。
それを確かめるすべもない。
もしここで意識を手放したら、きっと私は“私”を認識できなくなる。
この思考さえ、闇に溶けて”私”は消えてしまう。
「……! ……っ」
どうしようもない孤独の闇の中、私は声のない声を上げ続ける。
怖い。
怖い。
怖い。
黒く塗りつぶされた世界。
心まで真っ黒になってしまいそうだ。
泣き叫べたらまだ救いもあるのに、今はそれすら出来ない。
こんな深く暗い恐怖は、”あの時”以来だ。
(え? あの時って……っ)
突然にあふれ出すように思い出す。
研ぎ澄まされた神経が、昔の出来事を呼び覚ましていく。
どうして忘れていたんだろう?
今この瞬間まで、まったく思い出さなかった。
……ううん。
違う。
思い出したくないから、思い出さなかった。
心の奥底に仕舞い込んで、蓋をしていた置き去りにした記憶。
小さい頃、私はリンゲン国に父様と訪れた。
『近づくなっ。化け物!』
会うのを楽しみにしていた歳近いリンゲン国王子。
初めてアルに対面した時、開口一番言われた言葉。
ただ悲しくて、一人きりになりたくて、緑しげる王城奥へと逃げ込んだ。
(そっか。私、そこでレイと会ってたんだ)
お母さんとはぐれて泣いていたレイ。
歌を歌って元気づけて、ほんのひと時の時間を過ごした。
(だけどその後すぐ、”あの人”に捕まった)
長い銀の髪。
狂気を称えた緑の瞳。
食い込むほどに強い力で腕を掴まれた感触を思い出す。
多分、生まれてはじめて人が怖いと思ったのがあの時。
小さな檻に閉じ込められ、こんな風に理不尽に暗闇に落とされた。
すべてが黒く冷たい世界に。
そして、私はすべてを忘れた。
リンゲン国に行ったことも、アルに言われた言葉も、レイに出会ったことも。
すべて忘れてしまった。
(独りきりは嫌。怖いよ)
あの時の恐怖をリアルに思い出す。
このまま溶けて消えてしまうのかもしれない。
ううん。
もしかしたら、もう消えてしまったのかもしれない。
(怖い……。誰か、助けてっ)
声は自分自身にすら届くことなく闇に溶けた。