闇への誘い
リルディアーナ視点。
傷ついたアランを前にリルディアーナは……。
「……はぁ。何とかいけたかぁ」
「あれ? え? ここは……」
一瞬のうちに、そこは先ほどとは違う場所。
見渡しのいい草原から一変、周りは背の高い木々に覆われている密林地帯。
「最後の魔力をかき集めて瞬間移動した……っつても、ほんの数メートルつー距離だけどよ。これでも上出来なんだぜ」
笑みを浮かべいつものように軽口を叩いているけれど、その顔は真っ青で生気がなくなっている。
さっきあれほどの苦痛を味わったんだ。
体も心も疲弊しているはずだ。
「はぁ。けど、長はめちゃくちゃしつこいかんな。助けが来るまで見つからねーことを祈るのみだな」
「……」
木に縁りかかったまま、苦しげな呼吸をしているアランを前に、私は決意して立ち上がる。
「姫さん?」
「アランは此処に居て。私、助けを呼んでくるわ」
「なっ。……ふざけんな。姫さん、自分が囮になる気だろ」
アランは勘がいい。
ていうか、私の考えが単純すぎるのかもしれないけれど。
今、アランを助ける方法がこれしか思いつかないんだから仕方ない。
あの人は、私を捕まえようとしていた。
なら、私がアランから離れればいいだけのことだ。
「心配しないで。きっと何とかなるから。アランは休んでいて」
更にアランが何かを叫んだけれど、その言葉を聞きとる前に、私は一目散に駆け出す。
木々の間を走り抜け、元いた草原地帯へと駆け戻る。
「おや? かくれんぼは終わり?」
まるで此処に来ることが分かっていたみたいに、イサークがゆったりとその場に佇んでいた。
「ええ。かくれんぼはあまり好きじゃないから。追いかけっこに変更」
「なるほど。俺はどちらも嫌いじゃないよ。大得意だから」
知らない人が見れば、和やかで微笑ましくさえあるやりとりだろう。
(つまり絶対に逃がさないって意味よね)
にこやかに発せられたその言葉に、暑さのせいじゃない汗が出る。
「奇遇だわ。私もけっこう得意なの」
ひきつっていないことを祈りながら、渾身の笑顔を向けてから踵を返す。
(少しでも遠ざからなきゃ)
アランがいる茂みを意識して反対方面へと駆け出す。
「体、鈍ってるわ」
走りながら、自分を叱咤するように呟く。
真っ直ぐ走っているつもりでも足が縺れるのは、ひどく焦っている所為かもしれない。
苦しくなる呼吸を押しとどめ、何とか前へ前へと足を進める。
「ダメだよ。ちゃんと足元を見なければ」
「!?」
囁くような声と共に、唐突に踏みしめていた大地が、ぐにゃりと泥沼のように歪む。
「な、にこれ」
足を取られ、慌てて前のめりに手を突き、けれど地面に触れた部分は、溶けた大地に飲み込まれていく。
足掻けば足掻くほど、体が沈んでいく。
「無駄だ。君はこのまま闇に落ちるんだ。そして二度と戻れない」
最後に聞いたのはイサークの呪いのような言葉。
悪態の一つもつくことが出来ず、とうとう私は大地にすべてを飲み込まれてしまった。