狂気に囚われて(4)
(どうすればいいの!?)
このままアランが死ぬのを、ただ待つことしか出来ないなんて嫌だ。
「アラン!」
掻き毟り胸元は擦り切れ赤くただれていく。
皮膚が切れ、血が滲みだしてもやめようとはしない。
私はとっさに両腕を抑え、アランに覆いかぶさる。
「あ、あぁっ!!」
すでに私の姿なんて認識していないだろうアランは、唸り声を上げ拘束から抜け出そうと強い力で暴れる。
「お願いだから、しっかりして! 死んではダメよ」
それが酷で空しい言葉だということは分かっている。
助けたいのに助けられない。
なんて、役立たずの自分。
『このままでいいの? 忘れたふりをして、守られてるだけでいいの?』
夢に出て来た小さな自分の声が聞こえてくる。
いいわけがない。
守られたいわけじゃない。
私だって大切な人を守りたいと思っている。
ううん、守る。
絶対にアランを死なせたりなんかするもんか。
『姫さんの場合はさ、|ココ(想いで)で魔術を発動させるんだ』
アランが教えてくれた。
私には魔力があって、想いでその力を発動させられるということ。
アランを苦しめているのが魔術によるものなら、私に助けられるかもしれない。
そんな考えが閃く。
(お願い。アランの苦しみを取り除きたいの)
アランを抱きしめ、必死に意識を集中させる。
目をつぶり、新たに体の中に生まれた熱を感じる。
次に瞼を上げれば、そこは静寂の空間。
目の前にはどす黒い塊が浮遊している。
大きく脈打つそれが、アランの苦しみの元凶なのだと確信する。
(アランを苦しめるのはやめて。私が代わりに引き受けるから)
手を伸ばし、それを体全体で抱きしめる。
そうすると、黒いカラが剥がれ落ち、輝く光の玉になる。
温かくて優しい光だ。
(綺麗だ)
そう思った瞬間、眩い光を放ち私のすべてを包み込む。
まるで陽だまりの中にいるような心地よい感覚。
「ん……」
その温かさは継続したままで、意識は現実に引き戻される。
(温かいな)
それは私が抱きしめているアランの体温だ。
もう暴れてない。
それどころかピクリとも動かない。
「え!? アラン、生きてる?」
あまりにも硬直しているものだから、慌てて起き上がり、その顔を覗き込む。
「アラン?」
浅黒いその肌でも分かるほどに、顔を朱に染めて、アランは瞬きを繰り返し、私を凝視している。
「何がどうしてこんな状態に……。夢なのか……むしろ俺、死んだか? 天国……と見せかけた地獄とか?」
さっきまでの狂気じみた表情は消え失せている。
ただ、ブツブツとよく分からないことを呟いているのは、まだ混乱している所為だろう。
「ちゃんと生きてるってば。よ、よかったよー!!」
魔力を消すことに成功してアランは生きている。
そのことが嬉しくて、私は再度アランへと抱きつく。
「……なんで姫さんはそうなんだよ。俺なんて見捨てて、逃げればいいのによ。そんなんだから、俺やそこの変態野郎に付込まれるんだぜ?」
苦笑しながらポンポンッと優しい手つきで頭に触れてから、私の後ろへと鋭い眼差しを向ける。
「なかなか興味深い見世物だったよ」
「なっ。あんなことしてよく……」
「言っても無駄だって。長はワザと姫さんを煽って能力を使わせたんだ」
憤る私の言葉を遮り、アランは淡々と言葉を吐く。
「ワザとって……。だって、あんなに苦しそうで、下手をしたら本当に死んでいたかもしれないじゃない!」
「あぁ。それならそれでも一向に構わなかった。君が能力を私に見せるか、アランが狂い死ぬか。どちらにしろ、私は楽しむことが出来るのだから」
「……」
その答えに返す言葉もない。
体が自然と震えているのは恐怖からじゃない。
どうしようもない怒りからだ。
柔和な笑みを浮かべるイサーク・セサルを、私は侮蔑を込めた瞳で見返す。
「私はね、“人”という生き物が好きなんだよ。短く儚い命を、もがいてあがいて“生”に執着する。だからこそ、追い詰めれば追い詰めるほど本質が見える。とても興味深くおもしろい」
「あなたが何を言っているのか分からない。私は、好きなら幸せに笑っていてほしいと思うわ。だから、私の大切な人を傷つけるあなたは嫌い」
「それは光栄なことだ。慈愛に満ちた太陽の姫君に嫌われるなんて、そうそうないことだろうから」
「最低っ」
この人、私が怒っているのを面白がっている。
けど、もっと最低なのは、この人からアランを守る術を思いつかない自分だ。
一応の危機は乗り越えたけれど、私にこの人と戦う術はない。
こんなことなら、クラウスの剣術かアルの体術を師事しておけばよかったと、心底後悔する。
「姫さん。今は俺の魔術を拒絶しないでくれよ」
「え?」
囁くようにアランが言い放ち、次の瞬間にはまばゆい光が体を包み込み、微かな浮遊感が生まれた。