狂気に囚われて(2)
「まだ何もしていないだろう? それにしてもひどい暴言だ。それが上のものへの言葉か?」
アランを見、心外だと言わんばかりに肩を竦めてみせる。
「十分してんだろーが。それに、勘違いすんなよな。あんたは長ってだけだ。暗殺者の集まりなんてーのは、しょせん烏合の衆。たまたま敵対する意味もねーから従ってただけで、服従してるわけじゃねーんだよ」
『……長……イサーク・セサルは姫さんをご所望だ』
ふと、月夜に現れた時に、アランが放った言葉を思い出す。
「あなたが、イサーク・セサル?」
「おやおや。今更気が付いたか?」
侮蔑を込めるように放たれた言葉で肯定される。
「イセン国の奴ら引っ掻き回して、横から掻っ攫うとかやり方が姑息すぎ」
「策略家といってほしいんだけれど。そういう君こそ何の用だい?」
「決まってんだろ。姫さんを連れに来た」
「それが、何を意味するか分かっているのか?」
放たれた問いに、アランは挑発的な笑みを返す。
「上等。俺はもともとあんたが嫌いなんだよ」
「ランス大陸からきた君を拾ってあげた恩人にひどいいいようだ」
「え!?」
今、ものすごいことを聞いた気がする。
アランがランス大陸の民?
「彼はね、ランス大陸とトリア大陸どちらの民の血も交じっているんだよ」
声を上げた私に面白そうに言葉を向ける。
「私と同じ?」
「ははっ。同じなものか。アランの父親は予期せずランス大陸に飛ばされたトリア大陸の民なんだよ。言葉も通じず半狂乱で、たまたま出くわしたランス大陸の娘を犯した」
狂気染みた笑い声を上げ、続けた言葉は衝撃的な内容。
「……」
「結果、娘は身ごもりアランが生まれた。あぁ、男はすぐに殺されたらしいよ。そして母親になった娘は、アランを生んで精神を病んだ」
「関係ねーこといつまでベラベラしゃべってんだよ」
アランは、今まで見たことがないほどに無表情にイサークという男の人を見据えている。
それを意に介さず言葉を続ける。
「アランはね、母親に殺されかけて逃げ出したんだ。それからは、奇跡的に備わっていた魔力を使い、浮遊民として生きながらえてきたんだよ」
まるでとっておきの内緒話をするように、イサークは私へと低く囁きかける。
「そして十数年前、ファーレンの門が開く際に巻き込まれ、トリア大陸にやってきた。そして、俺が拾って育ててあげたんだよ」
「はっ。んなことは、とっくにどうでもいいことだ。俺には、もともと親なんてもんはいねーし、あんたには最低最悪なことしか教わってねーんだけど。そんな話されて動揺するとでも思ってんのか?」
「君は……ね。けれど、彼女に聞かれたのは痛手だろ?」
私を一瞥したアランは苦虫をつぶしたように顔を顰める。
「マジ悪趣味だわ」
「自負しているよ」
ククッと猫のように、楽しそうに喉を鳴らして笑う。
「あんたにだけは姫さんは渡せねぇんだよ。それなら、あそこの王様にくれてやる方がまだマシだ」
「野良犬は野良犬だな。せっかく拾ってやったのに、恩を仇で返される。殺人人形といい、本当に癇に障る」
フッと空間に手を翳し、何かを呟くと同時に、光で出来たナイフが無数に浮き出る。
「アラン!」
それらはアランに矛先を向け、雨のように降り注ぐ。
「くっ」
届く寸でのところで、見えない壁に当たりそれらは溶けて跡形もなく消え去る。
「ふむ。病み上がりにしては反応がいいね。けど、反撃できるほどの魔力は回復していないのだろう?」
「けっ。ご託はいいんだよ。さっさと姫さんを返しやがれっ」
今度はアランが光の玉を出し、イサークへと投げつける。
けれど、それは何なく止められてしまう。
「よしっ」
「……」
バアァン!!
イサークに止められた光の玉は、アランの小さな声とともにまばゆい光を放ち、轟音とともに爆発する。
「きゃっ」
あまりの眩しさに、目を開けていることが出来ずに咄嗟に目をつぶる。
「姫さん」
「アラン!」
次に目を開けた時には、目の前にアランがいて、イサークの姿は消えていた。