守るべきもののために(4)
(くそっ。数が多すぎる)
剣を弾かれた今、戦うすべは魔術しかない。
だが、魔術を仕込む一瞬は無防備になるため、ある程度の距離を保つ必要もある。
細かい策を弄している時間など、今の俺にはないというのに。
「一斉にかかれば仕留められる。行くぞっ」
鬨の声が上がり、傭兵は一斉に動き出す。
「くっ」
第一陣が目の前に迫ったその時だった。
「この方には指一本触れさせないっ」
「命がいらないのであれば、相手をしてやる」
先頭を切った傭兵たちは瞬く間に根こそぎその場に倒れる。
「遅れをとり申し訳ありません。カイル様」
「はぁ。まさか先にお一人で行かれるとは。姫様なみの無鉄砲さですよ」
一陣の風のように傭兵をなぎ倒し、その場に現れたのは、砂馬にまたがり、騎士の甲冑を纏ったクラウスと、軍服姿のエルンストの二人だった。
「助かった」
鬼神のごときと名高いエルンストも然ることながら、リルディの騎士だというこのクラウスという男も相当な手練れのようだ。
その上二人の動きは妙に息があっており、左右の傭兵を取りこぼしなく倒している。
「いえ、当然のこと。ハッ! ですが、リルディの姿がないようですが……」
「それで姫様はっ。くそっ! 邪魔をするなっ」
次々に襲いかかる傭兵を瞬時に倒しながら問いかける。
「それが……」
ブワッ!!
言葉を発しかけ、唐突に巻き起こった竜巻に声を奪われる。
「なんだ!?」
「うわぁっ。た、助けてくれ!」
俺たちを取り囲む傭兵たちは、風の渦に巻き込まれ、吹き飛ばされていく。
「何事だ?」
驚きエルンストも振るう剣を止める。
「これはまさか……」
「魔術師がほかにもいるのか」
クラウスが固い声で呟き、それに続きよろめき立ち上がったテオが眉根を寄せる。
「あーくそっ! 病み上がりに、こんな大がかりな魔術を使う羽目になるなんてよっ」
その場にいた傭兵の一段は消え失せ、やがて一人の男が悪態を吐きながら砂塵の中から姿を現す。
「お前は!」
鋼色の瞳と髪の男。
忘れもしない、屋敷に俺を殺しにやってきた暗殺者であり、リルディを連れ去ろうとした男。
確か、名はアランだったか。
「マジありえねぇ」
俺達の姿を見渡し軽薄な口調で呟く。
「アラン! どの面さげて来たっ」
怒気をはらみ、クラウスが男へと剣を突き付ける。
「元気そうで何よりだ、クラウス。だけどよ、悠長に話してる時間ねーんだよ」
「何を……」
「どういうことだ?」
様子がおかしい。
この男は傭兵たちを吹き飛ばしたが、俺達には攻撃をしかけるそぶりがない。
殺気はなく、ただ苛立っているのを感じる。
「なんで、姫さんを守るべき奴らが雁首そろえてんだよ! 王様、俺は言ったはずだよな? 姫さんは長に狙われてんだって。掻っ攫われないように守れってさ」
剣を喉元につきつけられた状態で、非難めいた眼差しだけを向け、叫ぶように俺に言葉を放つ。
不可思議な鋼色の瞳には、微かな焦りが見える。
「あいつが動いているのか!?」
「まさか、イサーク・セサルが?」
背筋に冷たいものが走る。
イサーク・セサル。
暗殺集団の長。
リルディに眠る魔力を欲するといったあの男は、間違いなく危険な男だ。
「そのまさかだよ! 治癒に専念してたら、まんまと出し抜かれちまった。あの人は、こういう狡い手が大得意だかんな。あんたらのゴタゴタを利用して、掻っ攫う気だ」
「テオ!」
「分かっている。一緒にいるレイも無事ではすまないだろう。今回はあいつの命令に従っている場合ではないな」
「ピーッ!!」
大剣を手に取り、魔術を発動しようとした時、大鷹が空から舞い降り、テオへと襲い掛かる。
「くっ」
「なんだ、この鷹は!?」
エルンストが剣を振り上げると、鷹は空高く舞い上がる。
「どうやら取り囲まれているようだ」
「あーあぁ。用意周到なこった。ジークと仲間たちが大集合ってか」
「新手か」
「くっ。イサーク・セサルの配下の者たちだな」
いつの間にか、数十人に取り囲まれていた。
イサーク・セサルの配下ということは暗殺者なのだろう。
今は少しの時間も惜しい時。
ここで足止めを食らうわけにはいかない。
「行ってください。カイル様」
「ま、姫さんを助けるのはあんたが適任だよな」
「アラン、何を企んでいる?」
「勘違いすんなよな。今回のやり方は気に食わないから、あんたらに知らせてやっただけだ」
クラウスに突き付けられた剣に恐れを感じる様子もなく、軽口を叩くようにそう言葉を放つ。
「てかさ、いいかげん剣どけてくんねーかな? こんなことしてる場合じゃねーってことは、お前だって分かってんだろ? クラウス」
「……」
未だ殺気だった瞳は向けたまま、それでも無言のまま切っ先を収める。
「カイル様、姫様を頼みます」
「いいのか?」
確かに、この場はエルンストだけでは荷が重いだろう。
だが、クラウスはリルディの騎士だ。
本来なら、一番に駆けつけたいはずだろう。
「イサーク・セサルが来るとなれば、今の俺では足手まといになる可能性があるのです。少しでも、姫様を危険に晒す可能性は取り除きたい」
「懸命な判断だな。クラウスがいけば、長の思うツボだ」
リルディの騎士であるクラウスにも、イサーク・セサルと何か因縁があるようだ。
「分かった。必ずリルディを守る」
その言葉に深々と頭を垂れ、エルンストと共に剣を構える。
「俺は右を行く。反対側はお前に任せた」
「承知。鬼神の異名が伊達ではないことを思い知らせてやろう」
二人はそれぞれ散り、敵へと向かっていく。
いつの間にか、アランはその場から姿を消している。
「来るのなら勝手にしろ」
「あぁ。感謝する」
すでに魔術を発動させ時空の狭間へと進むテオの後に続いた。