守るべきもののために(3)
「逃げることはもうやめたのだな」
「あぁ」
「魔力が安定している。……そうか。あの娘がお前を変えたか」
テオは大剣を構え、挑むように視線を絡ませる。
「俺にとってかけがえのない存在だ。だから、お前を倒してでも取り戻す」
腰に帯びた剣を鞘から引き抜き、テオへと突きつける。
「ならば来い。私を倒してみろ」
「どうして、誇り高い天翼であるお前がレイに従う必要がある?」
なぜ、俺の前から姿を消したのか。
クリスがいなくなったあの日、何があったのか。
俺はまだ何も答えを聞いていない。
「話すことはない。守りたいものがあるなら力を示せ」
「!」
そう言い放ち、大剣は振り下ろされる。
「くっ!」
刃を交え力が拮抗する。
「それで……いい。過去に囚われるな。未来に進みたいなら、迷わず切り開け。守るべきものを守る力を、お前は手に入れたはずだ。今度こそ」
交えた剣の奥から、テオは静かな声で言い放つ。
「っ!?」
強い力に押し負け、いったん後方へと下る。
「そうだな。あの時とは違う。俺はもう、誰も失うつもりはない」
「……」
昔、俺は大切な人を死なせてしまった。
天翼の血を穢した紛いもの。
人の血が交じった俺の存在を、誇り高い天翼は許さなかった。
ある日、刺客が送り込まれ、居合わせたクリスは俺を庇って死んだ。
『君は生きるべきだ。生きて幸せになりなよ。ボクが君やテオに出会えて幸せだったように、君にもそんな人に出会ってほしいんだ』
優しい言葉を残しクリスはいなくなり、その後すぐにテオは姿を消した。
そして代わりに現れたのは、城からの迎えだった。
『安楽な“死”か艱難な“生”か。貴様に選ばせてやる』
王たるあの男は俺にそう言葉を投げつけた。
俺を助けたクリスの望みは”俺が生きること”
だからこそ、俺は生きることを選んだ。
それはすなわち、あの男の望む王になり得ること。
文武を学び、魔力を封じ、己の感情を無にし、あの男に飼われるだけの日々。
後ろだてのない俺の存在は疎まれ、常に命を狙われていた。
だから、誰かに心を許すことなく、己を殺し生きてきた。
(確かに逃げ続けていたのだろうな)
あの男が死んだ後も、ただ決められた責務をこなし、“王”という役割を演じていたに過ぎない。
変わろうとも変えようともせずに、真実から目を背けて。
「……テオ。お前は俺の憧れだった。あの頃、クリスとお前がいれば、他に何もいらなかった。あの男から与えられた地位は、俺を閉じ込めるただの檻なのだとずっと思っていた」
「……」
「だが、俺が今やるべきことがやっと分かった。クリスが俺に託した想いも。だから、俺はお前を越える!」
交えた刃は重く、テオには一分の隙もない。
大剣を悠々と振るい、すべての攻撃は飲み込まれる。
「口先だけだな。上達はしたが剣の腕は私の方が上だっ」
「!?」
剣が弾かれ、大きく弧を描き空を舞う。
瞬く間に大剣を首元に突き付けられる。
「その程度では私に勝てんよ」
優越感ある笑みを浮かべ目を細める。
「剣は、なっ!」
「!」
剣を交える間に仕込んでおいた魔力。
テオが気を緩ませたその一瞬をつき、至近距離から発動させる。
バアァン!
光の粒がテオの鳩尾で破裂し、その体を吹き飛ばす。
『テオは意表に弱い! なまじ完璧だから詰めが甘いんだ。“勝った”って気が緩んだ時に目を細めるクセがある。そこで反撃すると、大概狼狽えるんだ。これ、絶対内緒だ』
昔、クリスが面白半分に教えてくれたこと。
完璧だったテオもクリスには、どこか勝てないところがあった。
それはクリスが洞察力に優れ、テオの扱いを心得ていたからなのだろう。
「俺には勝てなくても、クリスならテオに勝てただろう?」
もろに魔力を当てられ、倒れ込んだままのテオに言い放つ。
「はっ。あの馬鹿がお前に何かを吹き込んでいた……か。死んでも小癪な奴だ」
「クリスは最強だからな」
「……あぁ。あいつには誰も勝てないさ。腹が立つことに」
虚空を見、言葉とは裏腹にその声には愛おしさが滲んでいる。
「頼む。リルディの居場所を教えてくれ」
「私は倒されたが、まだ倒すべき輩が残っているだろう?」
その言葉に、遠巻きにいた傭兵が俺を取り囲む。
「テオ!」
「お前に進む道があるように、私にも進む道があるんだよ」
穏やかなその声音には、断固たる響きがある。