守るべきもののために(1)
カイル視点。
リルディアーナと再会し……。
砂嵐を避け、切り立った岩の陰へと身を移す。
ここに来てようやく、リルディの姿をしっかりと確認する。
澄んだ青空色の瞳。
どこにいても映える美しい金の髪。
透けるように白い肌。
「カイル?」
先ほどまで触れていた甘い唇が俺の名を紡ぎ、それだけで愛おしさに胸が跳ね上がる。
「無事でよかった」
砂漠で水を求めるように、俺はずっとリルディを渇望していた。
だから、リルディの声が聞こえてきた時、幻聴なんじゃないかと思った。
そもそも、レイに連れ去られたリルディが、こんなところで一人でいるのは、どう考えてもおかしい。
「なぜ、一人なんだ?」
ここに来て、ようやくその問いが口を付く。
本来であれば、現状把握をするのが最優先のはずだというのに。
リルディを前にすると判断力が落ちていけない。
「レイの砂馬に乗っていたんだけど、飛び降りて逃げちゃった」
「なっ!? 飛び降りた?」
問いの答えは突拍子もないもの。
驚きの声を発する俺に、コクコクと頷くリルディをよく見れば、長いマントの所為でよく見えなかったが、肌にはところどころ擦り傷やうち傷が見える。
「……」
「だ、大丈夫。落ちるのには慣れてるし」
表情が険しくなっただろう俺の顔を見て、言い訳にならない言い訳を口にする。
「慣れてどうする」
そうだった。
こいつはそういう無茶苦茶な奴だったんだ。
「あはは。カイルと出会ったのも空から落ちたからだし、木からも落ちたし屋根からも……」
「屋根からも落ちたのか?」
「あ! ううん。それはセーフかも。ギリギリ落ちてないし、屋根はなしっ」
思わず声を低くした俺に、リルディは慌てた様子で手を大げさに振り訂正する。
その拍子に露わになった腕には、痛々しい傷が見える。
「っ!」
思わずその腕を掴むと、リルディは小さく眉根を寄せる。
「すまない。……迎えに来るのが遅れた所為だな」
「大丈夫。かすり傷だよ。それにね、カイルが来てくれただけで嬉しいし」
「何とか間に合ってよかった。ネリーに屋敷の場所を聞いたんだが、すでに出た後だったんだ。これ以上先に行かれていたら、見つけるのはかなり厳しかった」
それでも絶対に見つけ出すつもりではいたが。
「ネリーが知らせてくれたんだね。ネリーは無事? 怪我とかしてない?」
「あぁ。すこぶる元気だ」
ことのあらましと、リルディがクラウスに助けを求めていることも聞いた。
『けど、本当はカイル様に来てもらいたんだわ。あの子、そういうことは、我慢しちゃうのよね。お願い。あの子のところに行ってあげて下さい』
勘違いしているんだと分かっていても、その言葉に縋りここまで駆けてきた。
先ほどのリルディの言葉を聞いても、未だに半信半疑だ。
リルディの想い人はあのクラウスという男で、俺への“好き”という言葉は、ただの気の迷いではないのか。
そんな考えに行き着き、急に胃の腑が冷たくなるのを感じる。
「俺が先走って来てしまったが、後からエルンストと……クラウスも来る」
「そっか。うん。クラウスが来てくれれば安心だわ」
その名を聞いたリルディは安堵の表情を浮かべる。
すんなりと当たり前のように放たれた言葉は、どれほどあの男を信頼しているのか見て取れる。
「クラウスはお前の想い人なのか?」
「え!?」
「前に言っていただろ? クラウスは、お前の“大切な人”だと」
「え? えぇ!? 違うわ。クラウスは私の……あれ? うわっ。ううん。言った。そう言ったわよね」
一人で自問自答を繰り返し、なぜかひどく狼狽えている。
「リルディ?」
「も、もしかして、私がクラウスのことを好きなんだって思ってた?」
「違う、のか?」
「誤解っ。それすごい誤解だわ。確かにクラウスは“大切な人”だけど、それは騎士としてで、家族の一員みたいなものなの」
「騎士?」
あぁ。そういえば、名を告げた時、そのようなことを言っていたような気がする。
姫が騎士に恋をする。
そういうことか。と、得心がいったのだが。
「ほら、あの時はまだ私の身元もバレていなかったし、クラウスが騎士だってこともいえなくて。変な言い回しになっちゃったけど」
「では、恋愛感情はないと?」
「あ、当たり前だわっ。大体、他に好きな人がいたら、カイルとキス……とかしない」
掴みかからんばかりの勢いでまくし立てながら、最後の方は真っ赤になって消え入りそうな声で呟く。
「そ、そうか」
「うん。そういうことしたいのはカイルだけだもの」
「……」
あぁ。こいつは。
自分がどれほど、破壊力のある言葉を口にしたか分かっているのだろうか?
ここが砂漠の真ん中で助かった。
そうでなければ、このまま押し倒していたかもしれない。