触れ合う心と溢れる想い(1)
リルディアーナ視点。
レイにかどわかされたリルディアーナが取った行動は……。
ゆらゆら、ゆらゆらと、体が揺れている。
温かくて心地よいはずなのに、どうしてだろう?
目を覚まさなくちゃと思う。
ここにいてはダメだとそう思う。
だけど、どうしてダメなのかな?
『ゆっくりお休み。何も心配いらないから』
ほら。だって優しい声がそう言っているのに。
このまま、目を閉じたまま、深い眠りに落ちたらすごく幸せだ。
このまま眠っていれば、きっときっと幸せのままでいられる。
『本当に?』
ゆらゆら揺れる世界。
唐突に聞こえてきた声に、落ちかけた意識を救い取られる。
『いつまでそうやって眠っているの? 忘れたフリをしていつまで逃げるの?』
逃げる?
言っている意味が分からない。
私が何から逃げているって言うんだろう。
『思い出せない? ううん。本当はもう思い出せるのに、知らないふりをしているだけ。弱虫だ』
知らない。
分からない。
どうしてそんなことをいうの?
重い瞼を何とか持ち上げて声の主に視線を向ける。
「!?」
そこにいたのは、金の髪をした小さな女の子。
青い瞳で真っ直ぐと私を見ている。
怒ったように、悲しむように。
「私?」
そこにいるのは、今よりずっと昔の私。
ドクンッと心臓が跳ねる。
『このままでいいの? 忘れたふりして、守られているだけでいいの?』
意味が分からない。
けど、胸の奥が疼いて苦しい。
「ねぇ、どういうことなの? 教えて……!」
何かに急き立てられるように、小さな私に手を伸ばすけれど、触れる直前に、その姿は今の私になる。
まるで鏡をみているかのように、私に似ている私。
『……』
伸ばし止めた手に触れ、その唇が動く。
『もうすぐファーレンの門が開いてしまうのよ』
その言葉を残して、弾けるように“私”は消えて、独りその場に取り残される。
「ファーレンの門が開く?」
それが何だというんだろう?
分からない。
分からないはずなのに、胸の奥がチリチリと痛い。
痛みが意識を覚醒させる。
夢の世界が終わる音がする。
「ん……」
体が重い。
まるで鉛の塊になったみたいに、瞬きすら大変でうっかりすると、そのまま瞼を閉じてしまいそうになる。
(あれ? なんで私、レイに抱きしめられてるんだろう?)
レイに抱きかかえられて砂馬に乗っている。
その現状が、モヤがかった私の思考をクリアにしていく。
(そうだ。レイは私を連れてイセン国を出るつもりなんだ)
景色に視線を走らせるけど、砂が風で舞い散り視界がはっきりとしない。
一体どのくらい意識がなかったのか、どのくらいの時間が過ぎているのか。
もしかしたら、もう数日過ぎてしまっているかもしれない。
そう考えるとゾッとする。
こうしている間にも、カイルとの距離は確実に遠のいているんだ。
「カイル」
呟きに、前を見据えていたレイの視線が私へと落ちる。
「なっ」
一瞬の虚を突き、私は今の渾身の力を込めてレイの体を押しのける。
支えをなくして、体は一度空を舞い、砂の上に叩きつけられる。
「いったー……」
もう少しうまく落ちる気でいたのに、思う様に体は動かず、体全体を思い切り打ちつけた。
痛みで、ぼんやりした意識がはっきりとしたってことだけが救いだ。
(うん。大丈夫。痛いけど動ける)
相変わらず体は痺れているけれど、今はそんなことに構っていられない。
レイが戻って来る前に、少しでも遠くへ逃げなきゃ。
砂嵐で視界が悪いから、うまくいけば逃げ切れる。
とりあえず、ここから少しでも離れよう。
「私はカイルに言いたいことが……あるんだからっ」
砂に足を取られて、歩く……というよりは、転んで起き上がっての繰り返し。
もう髪も服も砂だらけで、口を開いた途端に、砂が入り込んでむせ返る。
「げほげほっ……絶対、帰るっ」
這ってでもイセン国に戻ってやるんだから。
「……」
歩き出して数歩と経たないうちに誰かの声がした。
レイに見つかったのかと心臓が跳ね上がる。
「……ィ」
声が近づく。
(ダメ。私はカイルのところに戻るんだから)
意地悪でぶっきら棒で素直じゃなくて。
だけど、本当は優しくて温かい人。
側にいるとドキドキする。
だけど心の底から満ち足りる。
私が見つけた、私が恋する相手。
「リルディー!!」
「!?」
息が、止まるかと思った。
近くから聞こえるその声は、ずっとずっと聴きたかった声。
何度も何度も会いたいと願ったその人のものだった。