姫君、空を飛ぶ(1)
リルディアーナ視点。
旅は賑やかさを増して、想いははやる。
アランの魔術は見事だ。
私の髪に触れたかと思うと、瞬く間に金から黒へと変化していた。
クラウスの友人だというアランとは、もうずっと昔からの知り合いだ。
どこに住んでいて何をしているのかは、実はあまり知らない。
いつもフラリと現れ、フラリといなくなる。
長い赤毛は、横に流すように無造作に縛られ、いつも丸い色眼鏡をしている。
なんでも、日の光が苦手なのだとか。
服装は、絹のような麻布で出来た小ざっぱりとした、かなりラフな感じだ。
いつも騎士の正装をしているクラウスとは、かなり対照的といえる。
「でだ。このまま、歩いても埒があかねーだろ。俺が連れてってやるよ。イセン国にさ」
ニッと笑って、アランはそう言いながら胸を張る。
「どういうこと? 砂馬も連れていないみたいだけど。近道を知っているの?」
普通、砂漠での移動手段と言えば、徒歩か砂漠を走れる砂馬くらいのものだ。
「おいおい。俺は魔術師。となれば、魔術で……に決まってんだろ?」
「魔術で?」
「そうそう。俺の魔術なら一瞬だ。ちんたら歩く必要なんてなし」
「本当に、そんなことできるの?」
城を出て早数日。
正直、砂漠を進むのも疲れてきたというのが本音だ。
クラウスが先導してくれているから、不安はないけれど、もし万が一父様にバレでもしたら、イセン国にたどり着く前に、連れ戻されるんじゃないかと気が気じゃなかった。
「姫様! こんな似非魔術師の戯言に惑わされてはいけませんっ」
期待に胸を膨らませる私に、クラウスがいつになく強い口調で言う。
「似非じゃねーし。俺の実力を甘くみるなよ」
「黙れ! いいかげん帰れ。そして二度と来るな。永遠に姫様に近づくなっ」
クラウスは、アランに対しては容赦がない。
こういう砕けたクラウスをみると、この二人は本当に仲がいいのだなと思う。
何だか子供の喧嘩をみるようで微笑ましい。
「姫さん。笑い事じゃねーだろ。こいつに何とか言ってくれ!」
クラウスが、剣を鞘から引き抜いたところで、アランが私に助けを求める。
「クラウス。剣はやりすぎ。それに、私はアランの魔術を信じているわよ。ぜひ、イセン国に連れて行ってもらいましょうよ」
「正気ですか!? 俺は反対です! ていうか、絶対ダメです」
どうもクラウスは、魔術を嫌う傾向にある。
というか、このトリア大陸では魔術持ちに、かなりの偏見が根強くある。
人の多い都市部では特に、公然と迫害の対象になっているらしい。
魔術持ちといっても、その能力はまちまちで、それなりに訓練を積まなければ魔術師にはなれないのだけれど、その能力を隠し生きている者の方が多いと聞く。
私は、魔術持ちと言えばアランぐらいしか知らないし、『魔術師』と知った時も、その能力にあこがれはしても、厭う気持ちはまったくなかった。
それに、私もこの金の髪のおかげで、奇異の眼差しにさらされることが幾度となくあった。
だから理由は違えど、人から特別視される煩わしさは分かるのだ。
小さな頃は、その眼差しが恐くて仕方ないときもあった。
『リルディアーナ。真っ直ぐ前を見ろ。お前が俯く理由はない。お前の金の髪は美しい。お前の母様と同じだろ。お前の母は、恥じなくてはならない人なのか?』
父様から言われた言葉。
“母は恥じなくてはならない人か?”
答えは否だ。
あんなにも美しく思慮深い女性を恥じる理由など一つもない。
そのことに気が付いた時、私は俯くのをやめた。
どんなに奇異な眼差しいを向けられても、堂々としていられるようになった。
「クラウスが、あまり魔術を好いていないのは知っているわ。ねぇ、クラウスはエルン国に戻ってもいいのよ?」
「なっ」
「ほら、アランの魔術なら、すぐにイセン国に着くみたいだし。髪も黒くしてもらって、目立つ心配もないもの。あとは、一人で何とかするわ」
驚いているクラウスに、私はつとめて明るくそう言った。