望まぬ旅立ち(2)
目の前には、いつも通り豪華な食事。
けれど、それらを楽しむ余裕なんてない。
(少しは食べておかなくちゃ)
カイルの屋敷へ来たばかりの頃、食事が喉をとおらず食べずにいて、メイドになり立ての頃は、すぐにへばってしまって大変だった記憶がある。
いざという時のために、食べられるものは無理をしても食べるべきだ……ということを学習した。
今日も渋々ながら、のど越しがよさそうな、目の前にあるスープに口をつける。
そんな私の姿を楽しそうな様子で見ていたレイの口から、耳を疑う言葉が紡がれる。
「今、なんて言ったの?」
「今日、この国を出ると言ったんだよ」
聞き返して、やっぱり返答は同じもので唖然とする。
「だって……」
レイの後ろに控えるテオさんに視線を向ける。
『三日後には、レイはお前を連れてこの国を出るつもりだ』
昨日、テオさんはそう言っていたはずなのに。
「どうやら、たまたま運よく、君についてきたあの女が逃げ出したみたいなんだよね」
「!?」
ネリーが逃げ出したことをレイが気が付いてしまった。
そのことに、心臓が跳ね上がる。
「テオ。お前、時々様子を見ていたみたいだけど、気づかなかったのかな?」
「あぁ。あいつの監視については、私はお前から明確な命令を受けていなかったからな。たまたま昨日は行っていなかったので、気づかなかったな」
一欠けらの動揺もなくそう答える。
「そうか。ま、どうでもいいことだけど。助けを呼びに行ったとしても、屋敷からここまで、一日で往復できる距離じゃない。残念だけど遅すぎたね」
「私はあなたとは行かないわ」
何度目か分からない拒絶の言葉。
それを言うたびに、ネリーのことを持ち出され脅されたけれど、ここにはもうネリーはいない。
「ダメだよ。我がままを言わないで。あまり手荒なことはしたくないんだ」
ていうことを口にしている時点で、手荒なことをする気満々じゃないのよ。
「私はこれ以上、レイの言いなりにはならないわ」
強い決意と共に言い放ち、席を立ち踵を返す。
「食事の途中で行儀が悪いな」
「……?」
無視を決め込み歩き出そうとした時、クラリと眩暈がした。
「え?」
踏み出した足に力が入らず、それどころか体中が重く力が入らない。
「おっと。大丈夫?」
一瞬目の前が暗くなり、次に気が付くと、レイの腕の中にいた。
「なに……こ……れ?」
うまく舌が動かせず呂律が回らない。
レイを振り払うことも出来ない。
まるで、自分の体じゃないみたいに自由にならない。
「食事に即効性のしびれ薬を混ぜておいたんだ。天真爛漫な君は大好きだけど、昨日みたいに窓から飛び出していかれたら困るから」
「!?」
私の体を軽々と抱き上げると、優しくささやきかける。
「テオ。準備をしろ。このまますぐに出る」
「……承知した」
取り交わされる会話を、ただ聞いていることしか出来ない。
「い……や。カイ……ル……」
このままじゃ、本当に連れて行かれてしまう。
そう実感した時、頭に浮かんだのはカイルのこと。
このまま、カイルと離れ離れになるのは嫌だ。
「……そうだね。カイル兄上の能力を使えば、追いつくかもしれないな」
「!」
それは多分、カイルの中にある魔力を揶揄しての言葉。
「だけど間に合わないだろうね。それに、それどころじゃなくなるだろうし」
「え……」
「火種を落としてきたんだ。今頃、大炎上しているころだと思う」
そう言い、独り心地の笑みを浮かべる。
「……」
何をしたの? そう聞きたかったのに、体中がしびれていて、言葉すらうまく紡げない。
「君は何も心配しないで。僕の腕の中で眠っていればいいんだ」
やがて思考すら痺れたかのように意識が混濁していく。
「カイル……」
会いたいその人の名を口にして、私の意識はそのまま暗闇に落ちた。