望まぬ旅立ち(1)
リルディアーナ視点。
夢に見たのは身に覚えのない過去の情景で……。
リンゲン国城の奥深くの森の中。
私はそこで泣いていた。
『近づくなっ。化け物!』
歳近いリンゲン国のアルテュール王子。
会うのを楽しみにしていた。
友達になれると思っていたのに、返ってきたのは拒絶の言葉。
時々、大人たちから奇異の眼差しを向けられることは分かっていた。
その言葉で、その眼差しの明確な意味を知る。
白すぎる肌の色。
明るい金の髪。
それはみんなと違いすぎて不気味なのだと。
「化け物なんかじゃないもん……」
色が違うだけなのに。
それだけで、どうして“化け物”なんていうんだろう?
その場では泣かなかったけれど、やっぱり悲しくて涙が止まらない。
父様は“早すぎる”と渋い顔をしたけれど、舞踏会があるからと、今日の為にとあつらえた可愛い薄紅色のドレス。
今思えば、父様がいい顔をしなかった理由は、この容姿の所為なんじゃないかと思えてしまう。
「ひっく……ひっく……」
「!」
またあふれ出してきた涙を拭おうとした時、微かに聞こえてきた、私じゃない泣き声。
誰かが泣いている。
咄嗟に声がする方へと駆け出す。
そうして見つけたのは、私より少しだけお兄さんだと思う男の子。
「どうして泣いているの?」
かけた言葉は震えていたかもしれない。
拒絶されたらと思うと怖くなるけれど、泣いているのを放ってはおけない。
だって独りきりは寂しいから。
すごく悲しいって知っているの。
だから私は、その子を放っておけなかったんだ。
「……変な夢」
呟いて、それが夢だったんだと再認識する。
覚えのない過去の夢。
アルから、“化け物”なんてひどい言葉を言われた記憶はない。
初めて会ったのは、珍しく高熱を出して寝込んでいた時だ。
初めてリンゲン国へ行くはずだったその日に、体調を崩して、それでアルがお見舞いに来てくれたのだ。
最初からつっけんどんではあったけれど、むしろ初対面の相手から敬遠されがちだった私を、昔から庇ってくれていた。
アルが一緒で救われたことなんて数えきれない。
(でも、まるで本当にあったことみたいに鮮明だったな)
夢と言うにはあまりにもリアルな情景で。
「おはよう」
「!?」
振り返り、その場にいたレイの姿が、夢の中の泣いていた男の子と重なった。
「昨日はごめん。君のベットを占領してしまって」
「あ、ううん。……もう、体調は大丈夫?」
昔私と出会ったことがあるというレイ。
それなら、あの男の子がレイなのかな?
一瞬そんなことを考え、慌てて頭をふる。
私はリンゲン国城の森で泣いた記憶なんてない。
あれは夢なんだから。
そう。レイの言葉が引き金となって、あんなおかしな夢を見たのだろう。
そう結論付ける。
「君こそ大丈夫? よく寝ていたから、起こすのは気が引けて毛布だけかけたんだけど……やっぱりベットに引っ張り込めばよかったな」
「だ、大丈夫。よく眠れたから。ありがとう」
昨夜はレイが眠るのを見届けてから、そのまま眠り込んでしまったみたいだ。
毛布をかけてもらったことに気が付かないほど熟睡するなんて、自分の神経の図太さに笑うしかない。
「こちらこそ。おかげで久しぶりによく寝た。さて、今日の衣装を用意しておいたから、着替えをしておいで。朝食にしよう」
毒気を抜かれるくらいに、レイは当たり前のことのように、そんな言葉を口にする。
いつの間にか、“今日の衣装”とやらが、テーブルのうえにきちんと畳んで置かれている。
「レイ、私は……」
「大切な話があるんだ。外で待っているから」
「え? ちょっと……もうっ。何なの一体」
レイはサッサと部屋を出て行き、取り残された私は悪態をつく。
「いいかげん、何とかしなくちゃだよね。よし!」
話がしたいというのなら望むところだ。
用意されているビラビラヒラヒラ衣装を掴みとり、戦闘モードへと突入した。