王の決意(2)
「も、申し訳ありません」
視線を向けると、ひどく緊張した面持ちで深く頭を垂れる。
「お前が謝ることではない。それを命令したのはユーゴなのだろう?」
「いえ! ユーゴ様のお役に立ちたくて、ラウラが自らお願いしたことなのですっ」
「……そうなのか」
その言葉には偽る響きがまったくない。
このラウラという少女は、心底ユーゴを慕っているらしい。
氷の冷相と名指されるユーゴと、可憐な耳長族の少女。
二人の繋がりがまったく見えないが、今はそれよりもリルディのことだ。
「代わりというのは誰なんだ?」
「ネリーというメイドです」
「あぁ。リルディとよく一緒にいたあのメイドか」
おかしな場面ばかり目撃されているが、それもユーゴに報告されているのか。
そこら辺はあまり考えたくはないところだ。
「彼女には私の“証”を預け、不測の事態の場合には、すぐに知らせるよう言ってあります」
「驚いたな。お前がアレを他人に託すとは」
”証”とは、紋章が刻まれたリング。
その者の身分を現す唯一無二のもの。
故に、それを託されたものは、持ち主と同等の権力を有することとなる。
本来であれば肌身離さず身に着け、おいそれと他人に預けるものでもない。
「事態が事態ですので。それに、彼女にはあれを持つ資格がありますから」
「どういう意味だ?」
「いえ。ともかく、彼女の報告を待ちましょう」
ユーゴは俺の問いを受け流し、淡々と言葉を放つ。
「だが、そううまく行くのか? もし一緒に捕まっていたら意味がない」
「捕まっていないことを祈るのみですね。レイモンド様が普段と変わらずあなたの代理業務をこなしている今、下手にこちらから動けませんし」
「だが! その間、リルディに何事もないという保証はない」
あちらには魔術を扱えるテオがいる。
この屋敷に人目を避けて来ていたように、リルディのもとにも行くことなど容易いだろう。
「姫君に害がなされることはありません」
「どういうことだ?」
憶測ではなく断定の言葉。
ユーゴは根拠のない断定はしない男だ。
「……我が君。あなたに、リルディアーナ姫を妻とする覚悟はありますか?」
「なぜ今それを問う?」
「それを聞かねば動けません。そうですね? フレデリク・エルン王」
沈黙を保ち続けるエルン王に、ユーゴは唐突に言葉を向ける。
「今はそんな話をしている場合では……」
「いいや。今だからこそだ。リルディアーナの守り手として、俺はお前を選んだ。だが、それをお前が受け入れるかどうか、まだ答えを聞いていない」
射抜くような視線を向け、淡々とした口調で言葉を放つ。
「守り手?」
「あぁ。そうだ。ファーレンの門が開けば、リルディアーナはランス大陸へ連れて行かれちまう。俺はそれを阻止したい」
「なっ。どういうことですか!? なぜ、リルディが?」
告げられたのは、あまりにも突拍子もないこと。
「ランス大陸は女神の直系と言われる女王が支配する国なんだ」
「それが、リルディと何の関係が?」
「リルディアーナの母親であるアンヌもそうなんだよ。女神直系の一人。この世界に飛ばされて、あいつはこの世界に残ることを選んだ。それで話は終わるはずだったんだ」
「けれど、前回ファーレンの門が開門された際、ランス大陸の者は、エルン国王妃となったアンヌ様とその娘である姫君の存在を知ってしまった」
「だから連れ戻すと?」
どこでいつ知ったのか、ユーゴはエルン王に続けて説明を付け加える。
「そういうことだ。しかも狙いはリルディアーナのみだ」
その言葉にますます合点がいかない。
なぜ、リルディだけが目をつけられているのか。
疑問を口にする前に、エルン王は更に言葉を続ける。
「理由は簡単だ。リルディアーナを次期女王に据えたいんだと。あっちの国では女神の直系である女、なおかつ魔力を有するものが女王となる。それに該当するのが現状、リルディアーナだけらしい」
「リルディがランス大陸の女王?」
「馬鹿げた話だ。魔力を持たなかったアンヌは、王族と認められず王宮に入ることすら許されなかったらしい。それなのに、魔力が備わっているっつーだけで、娘を差し出せなんて、シレッと言いやがる」
酷薄な笑みを浮かべ、言葉の端々に怒りを滲ませエルン王は吐き捨てる。
「リルディはそのことを知っているのですか?」
「……知らない。いや、正確には覚えてねーんだよ」
「覚えていない?」
「あいつはランス大陸の連中に一度攫われてるんだ。だが、助け出した時には、そのことも、その間の前後のことも覚えていなかった。今も忘れているはずだ」
「……」
「あいつらがリルディアーナに何をしたのかは分からねぇ。ただ分かってることは、ランス大陸の奴らは本気だってことだ。リルディアーナを奪うためなら手段を選ばないだろう」
静かにエルン王は言葉を紡ぎながら、俺を真っ直ぐに見据える。
「だから、イセン国王である俺の妃にしたいということですか?」
なぜ、リルディの相手が俺なのかやっと話が繋がった。