王の決意(1)
カイル視点。
リルディアーナが囚われていると知ったカイルは……。
太陽の国と呼ばれるこの光に満ち溢れた世界に居ながら、俺の世界はずっと暗闇に包まれていた。
まるで人形のように義務をこなし、乞われるままに責務は果たす。
“生きること”を望んだあの人のために、“王”という役割をこなしているに過ぎなかった。
彼女に出会うまでは。
考えなしの無鉄砲で、あきれるくらいにお節介。
やることなすこと無茶苦茶で、危なっかしくて目が離せない。
そのくせ、彼女のすべては生命力に溢れ輝いていた。
惹かれるのに、時間なんてかからなかった。
いや、出会った瞬間にもう、心は囚われていたのかもしれない。
彼女は、闇が広がるだけの俺の世界の一筋の光。
俺はどうしようもなく、リルディに恋焦がれている。
握り絞めた拳が熱い。
眩暈がするほどの怒り……いや、殺意が胸を締めつけ、息をすることさえ苦しい。
“リルディをレイが連れ去った”
事もなげに、ユーゴの口から放たれたその言葉が理性を蝕む。
「どこに行く気ですか?」
踵を返した俺に、ユーゴがいつもと変わらぬ口調で問う。
「リルディを連れ戻す」
「自分自身すら制御出来ないその状態で、城へ乗り込むつもりですか?」
「……黙れ」
リルディに鎮められたあの夜から、驚くほどに凪いでいた魔力が、急速に膨れ上がっている。
それでも、こんなところでじっとなどしていられるはずがない。
「レイにリルディは渡さない」
「彼女を手放そうとしていたくせに、今更そのようなことをおっしゃるのですか?」
「煩いっ。黙れと言っている!」
「くっ」
怒りが形取り、ユーゴへと放たれ、その身は呆気なく崩れ落ち、その場に膝を付く。
「ユーゴ様っ」
耳長族の少女から悲鳴染みた声が放たれる。
駆け寄ろうとした少女を、手だけで制止、なおも言葉を重ねる。
「守る覚悟もないくせに、他人にとられれば癇癪を起す。まるで聞き分けのない子供ですね」
「お前に何が分かるっ」
「分かります。あなたは、彼女を守る自信がなくて、逃げ出したのでしょう? 彼女の幸せを想って……などと、都合のいい言い訳をつけて」
淡々と紡がれる言葉は深く俺の心を抉る。
「ふざける……!」
今度は明確な意思を持って魔力を放とうとしたのだが、目標を遮るように耳長族の少女が、両手を広げ俺を真っ直ぐに見つめている。
「……」
「ユーゴ様を傷つけることは許さないのです。絶対にダメ……です」
小刻みに震えながらも、紅いその瞳は強く睨むように俺を射抜いている。
その目は、すべてをかけても守るのだという、強い意志が込められている。
か細い彼女からは想像も出来ない気迫がある。
『カイルが暴走しそうになったら、何度でも私が止めるよ。誰かを傷つけさせたりしない』
虚を突かれたその時、リルディの言葉が甦る。
あの時、魔力を暴走させ禍々しい気を放つ俺を、リルディは危険を顧みず抱きしめてくれた。
ありのままの俺を包み込むように。
(今ここにリルディはいない)
だからこそ、魔力を暴走させるわけにはいかない。
俺がこの力で誰かを傷つければ、リルディが悲しむことになる。
握り締めた拳を静かに解き、詰めていた息を吐き出す。
「魔力を抑え込めたのですね?」
立ち上がったユーゴが、俺の変化に気が付き、微かに表情を緩める。
「今は何とかな」
「それだけでも進歩です」
満足げな表情。
(こいつワザとか?)
先ほどの言葉の数々は、俺を挑発するためのもの。
身をもって、どの程度魔力を制御できるか試したかったらしい。
相変わらず食えない奴だ。
その神経の図太さに、呆れを通り越して尊敬すらしてしまう。
「それでお前は、レイの居場所に心当たりがあるのか?」
「ありませんよ」
にべもなく答え、自分を庇う少女に一瞥柔らかな視線を向け、後ろへと下がらせる。
「ありませんが、当てはなくもない」
胡乱な俺の眼差しを受け流しそう言葉を続ける。
「どういうことだ?」
「いなくなったのは姫君だけではありません。彼女につけていた監視もまた姿を消しています」
「監視……か」
確かに、いくら屋敷内とはいえ、預かりものであるリルディを一人にするはずもない。
今まで都合よくユーゴが現れた理由が、今更ながらによく分かる。
多分、リルディとのやり取りもほぼ筒抜けなのだろう。
「普段はラウラをつけていたのですが、不調のため臨時でつけた相手ですので、どうにも心もとなくはありますが」
「ラウラ?」
それは、ユーゴの後ろにいる耳長族の少女の名だ。