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そして姫君は恋を知る  作者: 未華
すれ違い編~そして想いは交錯する~
123/180

子守唄を歌って(2)


(あれ?)


 そこで、ハタと気が付く。

 至近距離にあるレイの顔が青白い。

 その表情は、体調を崩した時の母様によく似ている。


「レイ、具合悪いの?」

「!?」


 試しに尋ねると、思ってもみなかった問いだったのか、驚いたように目を瞬く。


「別に……」

「ここ何日か、まともに睡眠をとっていないんだ。当たり前だな」


 視線を外し口ごもるレイの変わりに、教えてくれたのはテオさんだ。


「どういうこと?」

「レイはカイルの表だった仕事を代理で行っている。お前のことを悟られぬよう、その仕事は継続している。その上、この国を出るための段取りも進めているんだ」

「だけど、毎日ココに来ているのに」


 かなりの頻度で私に会いに来ている。

 それも一日に何度も。

 てっきり暇人なんだとばっかり思っていたんだけど。


「睡眠時間も含め、空いた時間はすべてお前に会うために費やしているからな」

「テオ! 勝手にペラペラしゃべるな」


 ベッドから降り、レイはテオさんへと噛みつくように言い放つ。

 その言葉が、テオさんの言うことが真実なんだと物語っている。


「レイ。此処に来て」


 私は起き上がると、大きなベッドへと座り直し、隣りのスペースをポンポンと叩く。

 無駄に大きいこのベッドは、二人くらい楽々座るスペースがある。 


「リルディアーナ?」


 困惑した様子のレイだったけど、強い視線で再度促すと、訝しげな顔でベッドへと上がり隣りへと腰かける。


「よし」

「は?」


 間の抜けたレイの声。

 それもそうだろう。

 さっきとは逆に、今度は私がレイを押し倒したんだから。

 不意を突いたからか、弱っている所為か、いとも簡単にその場に倒れ込む。

 茫然としているレイに、素早く毛布を肩までかける。


「なっ。どういうつもり!?」

「少し寝なくちゃダメだよ」


 起き上がろうとするレイを無理矢理抑えつけ、叱りつけるように、少し強めに言う。


「大丈夫だ。睡眠なら後でとる」

「嘘ばっかり。“後で”っていうのは守られない約束のことだわ」

「だから……はぁ。お前も突っ立てないで何とか言え」


 その場で成り行きを見守っているテオさんへ助けを求める。


「その女の言葉には一理ある。たまには休め。時間になったら迎えに来る」


 いつもより柔らかい声でそう言い残し、テオさんは部屋を出て行ってしまった。


「あいつ……後で覚えていろ」


 レイは恨めし気に呟くと、ふて腐れた顔で起き上がることを諦めた。


「私も少し離れているわ。ゆっくり休んで……」


 ベッドから降りようとすると腕を掴まれた。


「嫌だ。君は側に居て。リルディアーナがいなければ眠れない」


 まるで小さな子供のように縋るような眼差しを向けられる。

 さっきあんなことされたっていうのに、情に訴えかけられると弱い。

 腰を浮かしかけたものの、結局その場に留まる。


「そうだ。子守唄を歌ってよ」

「え!?」


 唐突な願いに思わず素っ頓狂な声が漏れる。


「歌ってくれないと眠らない」


 完全に開き直ったらしいレイは、そう言ってニコリとほほ笑む。


「私、歌はすごく苦手なの。だから無理だよ」


 自分ではあまり自覚がないのだけれど、私は歌のテンポをことごとく外しているらしい。

 幼馴染であり歌の名手のアルに、“絶望的音感”と言わしめた。


(きっと父様に似たんだわ)


 これもそれも、父様の血を受け継いでいる所為だと思うのだけれど、本人はそれを認めていない。

 ともかく、人様に聞かせられるものじゃない。


「ふぅん。歌ってくれないなら、さっきの続きをしようかな」


 “続き”というのは、押し倒されたあの状態を言っているわけで……。


「わ、分かったわよ。後悔しても知らないんだからねっ」


 もう半分自棄だ。

 私は思い切り息を吸い込む。

 誰でも知っているありふれた歌を懸命にメロディにのせる。

 こんな風に歌を人に聞かせるのは久しぶりのことだ。

 怖すぎて、レイの反応が見られなくて、歌うことにだけ集中する。


「レイ?」


 最後まで歌い切り、恐る恐るレイを見ると、驚くくらいに真剣な瞳とかち合う。


「やっぱり、僕は君の歌が好きだよ。うん。すごく好きだ」

「あ、ありがとう」


 てっきり笑われるかと思ったのに、真剣な顔でそんなことを言われて、どんな顔をしていいのか分からない。


「お願いだから、此処にいて」


 伸ばされたレイの大きいその手は、離れることを拒むように、私の手を強く握り締める。


「一人は嫌なんだ」

「大丈夫だよ。レイが目を覚ますまでここにいるから」

「はは。それなら、ずっと眠っていれば君はずっと側にいるんだね」


 そんなことを言いながら、安心したのかレイは目を閉じる。


「……」


 しばらくして、小さな寝息が聞こえてきて、詰めていた息を吐き出す。


(子供みたいな人だ)


 よくも悪くも真っ直ぐで嘘がない。

 側にいてほしいから攫っちゃうとか、一緒にいたいから眠らないとか。


(私も人のことはいえないけど、私以上に滅茶苦茶だわ)


 そんな風に呆れつつも、何だか憎めないのは、レイが寂しがり屋の子供みたいで、放っておけないからだ。

 レイのことは嫌いじゃない。


(でも、想いには応えられないよ)


 私はもう、恋をする時の焼けつくようなこの想いを知ってしまった。


(私はカイルのことが好きだから)


 レイが私に求めるものは、きっと私がカイルに求めているものと同じ。

 一方通行でしかないこの想いは、いつか報われることがあるのだろうか?

 レイの寝顔を見ながら、複雑な想いが胸を占めていた。


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