子守唄を歌って(2)
(あれ?)
そこで、ハタと気が付く。
至近距離にあるレイの顔が青白い。
その表情は、体調を崩した時の母様によく似ている。
「レイ、具合悪いの?」
「!?」
試しに尋ねると、思ってもみなかった問いだったのか、驚いたように目を瞬く。
「別に……」
「ここ何日か、まともに睡眠をとっていないんだ。当たり前だな」
視線を外し口ごもるレイの変わりに、教えてくれたのはテオさんだ。
「どういうこと?」
「レイはカイルの表だった仕事を代理で行っている。お前のことを悟られぬよう、その仕事は継続している。その上、この国を出るための段取りも進めているんだ」
「だけど、毎日ココに来ているのに」
かなりの頻度で私に会いに来ている。
それも一日に何度も。
てっきり暇人なんだとばっかり思っていたんだけど。
「睡眠時間も含め、空いた時間はすべてお前に会うために費やしているからな」
「テオ! 勝手にペラペラしゃべるな」
ベッドから降り、レイはテオさんへと噛みつくように言い放つ。
その言葉が、テオさんの言うことが真実なんだと物語っている。
「レイ。此処に来て」
私は起き上がると、大きなベッドへと座り直し、隣りのスペースをポンポンと叩く。
無駄に大きいこのベッドは、二人くらい楽々座るスペースがある。
「リルディアーナ?」
困惑した様子のレイだったけど、強い視線で再度促すと、訝しげな顔でベッドへと上がり隣りへと腰かける。
「よし」
「は?」
間の抜けたレイの声。
それもそうだろう。
さっきとは逆に、今度は私がレイを押し倒したんだから。
不意を突いたからか、弱っている所為か、いとも簡単にその場に倒れ込む。
茫然としているレイに、素早く毛布を肩までかける。
「なっ。どういうつもり!?」
「少し寝なくちゃダメだよ」
起き上がろうとするレイを無理矢理抑えつけ、叱りつけるように、少し強めに言う。
「大丈夫だ。睡眠なら後でとる」
「嘘ばっかり。“後で”っていうのは守られない約束のことだわ」
「だから……はぁ。お前も突っ立てないで何とか言え」
その場で成り行きを見守っているテオさんへ助けを求める。
「その女の言葉には一理ある。たまには休め。時間になったら迎えに来る」
いつもより柔らかい声でそう言い残し、テオさんは部屋を出て行ってしまった。
「あいつ……後で覚えていろ」
レイは恨めし気に呟くと、ふて腐れた顔で起き上がることを諦めた。
「私も少し離れているわ。ゆっくり休んで……」
ベッドから降りようとすると腕を掴まれた。
「嫌だ。君は側に居て。リルディアーナがいなければ眠れない」
まるで小さな子供のように縋るような眼差しを向けられる。
さっきあんなことされたっていうのに、情に訴えかけられると弱い。
腰を浮かしかけたものの、結局その場に留まる。
「そうだ。子守唄を歌ってよ」
「え!?」
唐突な願いに思わず素っ頓狂な声が漏れる。
「歌ってくれないと眠らない」
完全に開き直ったらしいレイは、そう言ってニコリとほほ笑む。
「私、歌はすごく苦手なの。だから無理だよ」
自分ではあまり自覚がないのだけれど、私は歌のテンポをことごとく外しているらしい。
幼馴染であり歌の名手のアルに、“絶望的音感”と言わしめた。
(きっと父様に似たんだわ)
これもそれも、父様の血を受け継いでいる所為だと思うのだけれど、本人はそれを認めていない。
ともかく、人様に聞かせられるものじゃない。
「ふぅん。歌ってくれないなら、さっきの続きをしようかな」
“続き”というのは、押し倒されたあの状態を言っているわけで……。
「わ、分かったわよ。後悔しても知らないんだからねっ」
もう半分自棄だ。
私は思い切り息を吸い込む。
誰でも知っているありふれた歌を懸命にメロディにのせる。
こんな風に歌を人に聞かせるのは久しぶりのことだ。
怖すぎて、レイの反応が見られなくて、歌うことにだけ集中する。
「レイ?」
最後まで歌い切り、恐る恐るレイを見ると、驚くくらいに真剣な瞳とかち合う。
「やっぱり、僕は君の歌が好きだよ。うん。すごく好きだ」
「あ、ありがとう」
てっきり笑われるかと思ったのに、真剣な顔でそんなことを言われて、どんな顔をしていいのか分からない。
「お願いだから、此処にいて」
伸ばされたレイの大きいその手は、離れることを拒むように、私の手を強く握り締める。
「一人は嫌なんだ」
「大丈夫だよ。レイが目を覚ますまでここにいるから」
「はは。それなら、ずっと眠っていれば君はずっと側にいるんだね」
そんなことを言いながら、安心したのかレイは目を閉じる。
「……」
しばらくして、小さな寝息が聞こえてきて、詰めていた息を吐き出す。
(子供みたいな人だ)
よくも悪くも真っ直ぐで嘘がない。
側にいてほしいから攫っちゃうとか、一緒にいたいから眠らないとか。
(私も人のことはいえないけど、私以上に滅茶苦茶だわ)
そんな風に呆れつつも、何だか憎めないのは、レイが寂しがり屋の子供みたいで、放っておけないからだ。
レイのことは嫌いじゃない。
(でも、想いには応えられないよ)
私はもう、恋をする時の焼けつくようなこの想いを知ってしまった。
(私はカイルのことが好きだから)
レイが私に求めるものは、きっと私がカイルに求めているものと同じ。
一方通行でしかないこの想いは、いつか報われることがあるのだろうか?
レイの寝顔を見ながら、複雑な想いが胸を占めていた。