子守唄を歌って(1)
リルディアーナ視点。
ネリーを逃がすことが出来たものの、
リルディアーナは部屋に戻されて……。
「はぁ……」
結局、またこの部屋に逆戻りだ。
ネリーを逃がすことは出来たんだから、それだけでも収穫ではあるけれど。
「もう二度と脱走などするな」
「待って」
部屋に着くなり、もう用はないとばかりに背を向けるテオさんを慌てて引き留める。
「あの、ありがとうございましたっ」
「……」
意味が分からないというように、テオさんは口を引き結び眉根を寄せる。
「テオさんのおかげでネリーを逃がすことが出来て、本当に感謝しています」
「……嘘、だと言ったらどうする?」
「え?」
「あれはお前を納得させるためのただの演技で、あの女は今頃他の者に捕まっているのかもしれない」
「それはないです」
「は? なぜそう思う?」
問われて考える。
なんで即答できるほどに、私はテオさんを信じているんだろう?
ほんのひと時しか関わりがないはずなのに、なぜか私はテオさんに警戒心が持てない。
むしろ、好感すら持っている。
「あぁ! そっか……」
しばらく思案し、ふとその理由が閃く。
テオさんの雰囲気は、初めて出会った時のカイルに似ているのだ。
容姿が似ているレイが側にいるから、そんなこと考えもつかなかったけれど、雰囲気でいえば、不思議なことにカイルとテオさんには近いものがある。
(警戒心の強い野生動物みたい)
そう心の中で呟いて、自分の的確な表現に思わず笑ってしまう。
側にいるのに、なかなか近づいてはくれない。
仲よくなるにはとっても忍耐が必要だ。
それでも、仲よくなりたいと思える相手。
「何が面白いんだ?」
「な、なんでもないです」
何かを察して、氷点下の眼差しで私を見降ろすテオさんに、慌ててそう言い繕う。
「気楽なものだな。あの女が助けを呼んでくることを期待しているようだが、望みは薄い。普通の神経なら、これ以上厄介事に巻き込まれるのはごめんだろうからな」
「心配してくれてありがとうございます。でも絶対大丈夫ですから」
「誰がお前の心配をしていると言った。お前は馬鹿なのか?」
心底呆れた顔をされたけど、テオさんが私を気遣っているように聞こえたのだ。
「……馬鹿は早死にする」
「?」
「俺はそういう奴を知っている。馬鹿としかいいようがないほどのお人好しで、そのくせ自分の考えは譲らない頑固者だった。お前を見ていると思い出して苛々する」
ひどく苦々しい表情なのに、その声は愛おしむように優しい。
「それなら、私はその人に感謝しなくちゃですね。テオさんが私を気にかけてくれているのは、その方のおかげですもんね」
「馬鹿もここまでくると尊敬に値する」
冷笑ともいえるものではあるけれど、テオさんの口に初めて笑みが浮かぶ。
それが何だか嬉しくて私も笑みを返す。
「僕がいない間に、随分と仲良くなったんだね」
「レイ!?」
振り返れば、そこにはレイの姿があった。
レイは、どこか含みのある笑いを浮かべ、テオさんを見る。
「テオでもそんな顔をするんだな。それとも、カイル兄上といた頃はそんな感じだったのかな?」
「カイル?」
いきなり出て来たカイルの名に驚きレイを見る。
「あれ? 君は知らないんだね。カイル兄上は小さい頃、テオと一緒に暮らしていたんだよ」
「えぇ!? そうなの?」
まさかカイルとテオさんに接点があるなんて思いもしなかった。
「ほら、君がいたあの屋敷。あそこで、カイル兄上とテオとあともう一人。名前は確か……」
「レイ。しゃべりすぎだ」
不快感を露わにした表情で鋭く言い放つ。
「このくらいの嫌がらせ優しいものだろ。僕を仲間外れにするからいけないんだ」
拗ねたようにそう言って、唐突に私の肩を抱き寄せる。
「なっ……きゃっ」
そのまま抱きしめられそうになって、反射的に押し戻そうとした時、足がもつれて倒れ込む。
幸い倒れたのはベットの上。
大した衝撃もなかった。
「!?」
ホッとしたのもつかの間、レイは両手を付き、私を挟み込む形で上から覗き込む。
まるで、押し倒されたかのようなシュチュエーション。
「大胆だね。その恰好といい僕を誘惑するつもり?」
言われて、スカートをたくし上げ、太ももまで露わになったまぬけな恰好を思い出し、一気に頬が熱くなる。
「こ、これは……」
「ひどいな。この国を抜けるまでは、君に手を出さないように我慢しているのに」
艶を含む声音に思わず言いかけた言葉が凍る。
「こんなに僕の心をかき乱してひどい人だ」
頬に触れられビクリと体が震える。
けれど、怯えているなんて悟られるのが癪で、そのままレイの目を真っ直ぐに見返す。