魔術師、姫君と旧友に会う(2)
「協力?」
「そう。これから、イセン国に行くんだろ? きっと俺の能力が役立つぜ」
キョトンとする姫さんの手を取って、そのまま手の甲を顔に近づける。
「ちょっと待て!」
唇が触れるか触れないかってところで、クラウスが姫さんを回収する。
「おいおい。そのくらい多めに見たっていいだろ~」
「いいわけあるか! そもそも、なぜお前がイセン国に行くことを知っているんだ? 今回のことは、表向きはラーイムでの静養となっているはずだ」
不信感を露にした目を向けられる。
『ラーイム』は、王家御用達のオアシスだ。
エルン国からだと半日がかりの場所。
姫さんお気に入りの場所でもあるし、”例の件を理由に『ラーイム』に引きこもった”と言えば、大概のものは信じるだろう。
うまい時間稼ぎだ。
「確かにそうだよね? しかも、こんな場所で会うなんて、もしかして偶然……じゃない?」
さすがに鈍い姫さんにも気づいたらしい。
「さぁて、どうだろうな。……それより、いいかげんその髪、何とかした方がいいと思うぞ」
「髪?」
「ったく。いいか? 姫さんの金の髪は目立ちすぎるんだ。そんなんじゃ、イセン国に入った途端に、不審人物で拘束されちまうぞ」
イセン国は、戦を幾度となく繰り返し、他国を取り込み大国へとのし上がった国。
そのため急激な人口増加を伴い、未だ統制が取りきれず犯罪も後を絶たない。
国が統括している警ら隊は、よそ者に厳しいことでも有名だ。
姫さんなんか、見た目で一発アウト間違いなしだろ。
「う~ん。確かに目立っているなぁとは思ったけれど。やっぱりまずいかな?」
見事な金の房を一つまみして愛らしく唇を尖らせる。
「貴様には関係ない」
刺々しいクラウスの言葉。
どうせこいつのことだ。
姫さん可愛さに同行しているだけで、イセン国に行きたくなどないのだろう。
まだこんなところをウロウロしているのがいい証拠だ。
姫さんは気づいていないだろうが、まだ半分にもたどり着いていない。
「言ったろ? 協力してやるって」
俺は呪いの言葉を転がし、姫さんの髪に口付けを落とす。
「なっ……」
「え?」
俺の素早い動きに、クラウスが間抜けな声を、姫さんは驚きの声を上げる。
触れた部分から、流れる金の髪は、瞬く間に艶やかな黒髪に変わっていく。
「へ~。これはこれでなかなかだな。うん。魅惑的だ」
すべての髪が黒く変わった姫さんをそう評価する。
「魔術で黒髪に変えたのね」
「そういうこと。肌の色はさすがに無理だけど、髪なら何とかな。これで目立たずに、イセン国に入れるだろ」
「か、か、勝手に何を! ひ、姫様の美しい金の髪がっ」
放心していたクラウスが、我に返り上ずりながら叫ぶ。
「心配すんな。魔術で一時的にそう見せているだけだ。簡単に元に戻せる」
「ほ、本当だな!?」
目を血走らせながら、腰にある剣の柄を握りしめているクラウス。
「いや、マジだって。俺殺したら、戻せないからな。落ち着け。てか、姫さん何とかしてくれ」
ジリジリと間合いをつめられて、俺は同じ距離だけ後ず去る。
こいつマジで俺を殺る気だ。
殺気全開で、すでに剣が鞘から半身出ている。
「なんだかおかしな気分。クラウス、変……かな?」
そんなクラウスの様子など目に入っていない姫さんは、何度も黒髪をひっぱったりなでつけたりしてから、クラウスに問いかける。
俺は絶体絶命的な感じだつーのに、なに? その日常会話は? なんつーマイペースっぷり。
「変ではありません! どんなお姿でも姫様は姫様ですから」
そして、瞬時に意識を切り替え、姫さんに爽やかな笑みを返すクラウス。
まぁ、結果的に助かって結果オーライ……なのか?