脱走大作戦!?(2)
我慢に限界があるのだとすれば、私のそれはまさに今だ。
綺麗にまとめ上げられた髪から、繊細なレースの飾り花を無造作に抜き取り、胸元にくくりつけられた豪奢なネックレスや耳飾り、それらをすべて取り除き、ベットの上に倒れ込むように体を沈める。
「体が重いったらないわ」
それらは、私の自由を奪うための道具でしかない。
「みんな、心配してるよね。きっと。ラウラ、体調大丈夫かな?」
屋敷にいる人たちや、父様、やっと会えたクラウスの顔が想い浮かぶ。
(それに、カイルにきちんと気持ち伝えてないのに……)
カイルを想い、最後に聞いた冷たい突き放すような言葉を思い出して、胸の奥が痛む。
このまま、レイにこの国から連れ出されたら、どうなるのだろう?
少なくともここを出たところで、私に自由があるとも思えない。
レイと過ごして分かったことがある。
レイは私を好きなわけじゃない。
遠い昔に出会ったという、金の髪の少女の影を追い求めているだけだ。
今ここにいる私はただの身代わり。
私の姿を通して、その少女への恋慕をつのらせているだけ。
だから、言葉はレイの耳に届いても、想いは空しく届かない。
(こんなところに閉じ込められて、ただ言いなりになっているなんてもう無理!)
装飾品を取り払って、少しは身軽になった体を起こす。
「こうなったら強行突破だわっ」
ツカツカと出口へと向かい扉を開く。
「いかがされましたか?」
「あ……」
開いた瞬間に、扉横にいる男の人に声をかけられる。
言葉こそ丁寧ではあるけれど、扉を開いた私に非難がましい視線を向ける。
「あの、少し外の空気が吸いたくて……」
「申し訳ありませんが、あなた様をお一人で外に出さないよう言い使っておりますので」
「少し散歩をするだけですよ?」
嫌な顔をされたけれど、少し食い下がってみる。
「承知しかねます。お戻りください」
にべもなく断られ、そのまま部屋に押し戻され、扉を強制的に閉められた。
「はぁ。正攻法では無理ということね」
鼻先で閉められた扉を睨んで、息を吐き出す。
この屋敷は、もともと誰かの持ち物である本館があり、私がいるここは離れの別館で、レイはここをまるまる借り受けているらしい。
私の身の回りの世話をする数人の女の人と、監視だと思われる男の人たち。
事情を知っているのか知らないのか、ともかく必要最低限意外は、しゃべってはくれない。
事情を話しても、協力してくれる可能性はゼロに等しい。
(となれば、自力でなんとかするしかないわけね)
無駄に広い部屋を何往復かしてから、よしっと決意を固める。
「出るとしたら、ここからだわ」
一つだけの扉には見張りがいる。
となれば、残された道は窓だけだ。
幸いにも、私一人抜け出せるくらいのスペースはある。
ただ問題は……。
「うっ。やっぱり高いなぁ」
そう。この部屋は建物最上階に位置する。
下まで布を垂らして降りる……というのも考えてみたけれど、さすがに無謀な高さだ。
「屋根伝いで下に降りるしかないわね」
ちょうどこの部屋の窓の横には、下の階の屋根がある。
あそこに降りることが出来れば、屋根伝いに下の階のバルコニーへ降りられるはずだ。
さほど人の出入りは多くないようだし、下の部屋なら警備も手薄だろう。
「とりあえず、これを何とかしなくちゃね……」
長すぎるフレアスカートを摘み上げ、暫く思案したのち、横から思い切り引き裂き、捲し上げ縛り、即席ミニスカートにする。
「ふふ。クラウスが見たら卒倒ものね」
若干、足が丸見えすぎて落ち着かなくはあるけれど、そもそも人に見つからずに抜け出す予定なのだから問題ない。
「ネリーを救出してカイルのとこに絶対戻るんだから」
断固たる決意を胸に慎重に窓に足をかける。
「よいしょっと!」
驚くくらいすんなりと、窓から屋根へと降りられた。
「脱走は私の得意技だものね」
城を抜け出すことはもちろん、木登りだって得意分野だ。
窓から屋根へ飛び移るなんてわけない……なんて、油断していたのがいけなかった。
「あ……」
ズルリと足が滑った。
ほんの少しとはいえ斜行になった屋根の上。
一度体勢を崩せば、どうなるかは想像に難くない。
「きゃあっ」
バランスを取ろうと焦れば焦るほど、足がもつれて滑り落ちていく。
(嘘でしょ!?)
とうとう、屋根の端まで到達し、足が空にとられる。
足場がなければ当然落ちるわけで、私の体はまっさかさまに落ちる……という寸でのところで、屋根の飾りが付いた突起部分を何とか掴む。
「あ、危なかった……」
突起部分に腕を絡ませ、何とか落ちずにはすんだ。
ただし、体は宙に浮いたままで、下の階のバルコニーは数メートル先。
まるで、木の枝にぶら下がるサルのような間抜けな姿だ。
「……」
「……」
そんな体勢のまま、ふと下の階の部屋の中に視線を走らせ、とんでもない人物と目が合ってしまった。