集う者たち(2)
「イザベラとアルテュール殿下?」
ほどなくして、間抜け面をひっさげクラウスが姿を見せる。
「……の」
「ん? イザベラ?」
俯きプルプルと震えるイザベラに、身の危険を感じて即座に距離を取る。
「この非常事態に何をしているんですの!? この浮気者が―!!」
「ぐわっ」
のん気に近づいてくるクラウスに、イザベラは分厚い本を投げつけ、それは見事に目標物へと命中する。
地面に落ちた本には“メイド心得”とのタイトルがある。
それを拾い上げ、半泣きで再度クラウスに振り上げる。
「信じていましたのに、こともあろうにこんな時に男と逢引なんてっ! 恥をお知りなさいませっ」
「は!? 逢引って……お、落ち着いて、イザベラ。誤解だっ」
「何が誤解ですの? 身をゆだねるとかいただくとか……あなたは受けて立つなんて、相手に同意まで……。私というものがありながら」
瞳を潤ませるイザベラの両腕を掴み、クラウスは落ち着き払った声と目を向けている。
「俺はイザベラを怒らせてばかりだけど、泣かせるようなことは命をかけてしていない」
「口では何とでも言えてよ?」
「騎士としての身は姫様のものだけど、騎士でない俺自身すべてはイザベラのものだ。髪の毛一本まで全部。今ここで、イザベラが差し出せと言うものを何だって差し出す」
「……」
至近距離から見つめ合い、クラウスはいつの間にかイザベラを抱きしめている。
(おいおい……)
アホらしくなって視線を外すと、いつの間にか、見慣れない男が一人、その場に佇んでいた。
どうやら、クラウスの会話の相手のようだ。
屈強な体に、軍服を纏い腰には剣を携えている。
興味津々という体で、二人を傍観している。
「クラウスなんて、嫌いですわ」
「うん。イザベラの俺への嫌いは、愛してると同意義だって知っているから嬉しい」
「!」
この上なく満たされた顔をしているクラウスと、不意を突かれ真っ赤になっているイザベラ。
「嫌いですわ。大嫌い」
「俺はイザベラが大好きだよ」
二人を包む雰囲気は見事なまでに甘い。
俺たちの存在など、もはや眼中にないらしい。
おかしい。
先ほどまで修羅場一歩手前だったはずなのだが、見事に覆っている。
「あー、コホンッ。そろそろよろしいでしょうか?」
静観していた軍人が、わざとらしい咳払いと共に二人へと近づく。
「先ほどの会話の相手はあなたですわよね? クラウスとはどういう関係なんですの!?」
近づく軍服の男に、イザベラが敵意の視線を向ける。
「クラウス……ですか。どうも、この男の認識が自分と食い違いがあるようですね」
「どういうことだ?」
「自分は、彼をシリウス・アンデの名で認識があるのですが」
「え? ……まぁ。ではもしかしてこの方が?」
訳の分かっていない男と俺を前に、イザベラは得心顔でクラウスを仰ぎ見る。
「そういうことだ。もう何年も付きまとわれている。イセン国に入る際の要注意人物だったんだが、まさかこんなところで会うとはっ。油断した」
頷き苦い顔で息を吐き出す。
「ひどい言われようだな。自分はただ、我が隊にスカウトしているだけだろ?」
「我が隊?」
「あぁ。これは失礼。自分は、エルンスト・メディシスと言います。イセン国軍第一隊所属であります。以後、お見知りおきを」
人好きする笑みを浮かべ朗らかに言い放つ。
「イセン国の軍人が、なぜこいつと顔見知りなんだ?」
軍人であることは一目見て分かったが、イセン国の第一隊といえば、王直属として名高い最強部隊だ。
こんな町はずれの屋敷にいていい存在ではないはずだ。
まして、国交がないに等しいエルン国の騎士と交流がある理由など、皆目見当がつかない。
「昔、何度かイセン国の剣術大会に参加していたことがありまして……その、フレデリク様と……」
語尾をあいまいに、クラウスは複雑な笑みを浮かべる。
「あぁ。なるほど。そういうことか」
リディの父であるフレデリク・エルン王の武勇伝の一つ。
名を偽り各国の剣術大会に参戦し、名を馳せたのだと。
それにこいつが同行していたとしても、何ら不思議はない。
常識ではとても考えられないことだが、“フレデリク王ならありえる” そう納得できてしまう。
「つまり、シリウス・アンデは偽名でクラウス・バーナーが本名ということか。まったく、どおりで探しても見つからないはずだ」
「もう一度言うが、俺にはすでに心に決めた主がいる。イセン国の軍人になるつもりは毛頭ない」
「はは。お前の主はリルディなんだろ? なら、ますます好都合だ。彼女がこちらにくれば、お前ももれなく付いてくるというわけだ。これぞ天の采配」
「どういう意味だ? もしや、ここの主とはお前のことなのか?」
リディへの馴れ馴れしい呼び方に、苛立ち思わず言い放つが、軍人……エルンストは小さく頭を振る。
「いいえ。自分ではないです。それより、あなた方こそなぜここに?」
「こちらが聞きたい話だ。一度は拒絶したくせに、今度はすぐに来いなどと連れ出して。まったく訳が分からない」
「自分も呼び出された口ですので何とも。どういうことでしょうか」
意外な切り替えしに、ますます混乱する。
クラウスと俺たち。
そしてこのエルンストという軍人。
呼び寄せたのは同一人物なのか。
「呼んだのは俺だ。悪いが、勝手させてもらった」
響く声に振り向けば、そこにいたのは意外な人物だった。
「!?」
「まさか……」
「フレデリク王!?」
「え? なっ。王!?」
その場にいる誰もが驚きの声を発する。
当たり前だ。
その場に現れたのは、エルン国王であるフレデリク・エルンだったのだ。
「……」
その後には、背の高い研ぎ澄まされた刃のような眼差しを秘めた若い男と、執事らしき細身の男。
それに、長い耳と紅い大きな目をした幼い雰囲気の少女の姿がある。
あまりにも不可思議な組み合わせに、その場にいる者たちは、俺を含め困惑の色を隠せない。
「フレデリク王。リディはどこですか?」
一番会いたい相手であるあいつがいない。
今はこの不測の事態よりも、そのことの方が気がかりだった。
俺の問いにフレデリク王は、苦笑を浮かべ肩を竦めながら、とんでもない答えを口にする。
「お前も大概間が悪いな。あいつは今、絶賛かどわかされ中だ」
「はぁ!?」
治まることのなかった胸騒ぎの理由はこれだったのかと、俺は心の中で毒づいたのだった。