表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして姫君は恋を知る  作者: 未華
すれ違い編~そして想いは交錯する~
117/180

集う者たち(2)


「イザベラとアルテュール殿下?」


 ほどなくして、間抜け面をひっさげクラウスが姿を見せる。


「……の」

「ん? イザベラ?」


 俯きプルプルと震えるイザベラに、身の危険を感じて即座に距離を取る。


「この非常事態に何をしているんですの!? この浮気者が―!!」

「ぐわっ」


 のん気に近づいてくるクラウスに、イザベラは分厚い本を投げつけ、それは見事に目標物へと命中する。

 地面に落ちた本には“メイド心得”とのタイトルがある。

 それを拾い上げ、半泣きで再度クラウスに振り上げる。


「信じていましたのに、こともあろうにこんな時に男と逢引なんてっ! 恥をお知りなさいませっ」

「は!? 逢引って……お、落ち着いて、イザベラ。誤解だっ」

「何が誤解ですの? 身をゆだねるとかいただくとか……あなたは受けて立つなんて、相手に同意まで……。私というものがありながら」


 瞳を潤ませるイザベラの両腕を掴み、クラウスは落ち着き払った声と目を向けている。


「俺はイザベラを怒らせてばかりだけど、泣かせるようなことは命をかけてしていない」

「口では何とでも言えてよ?」

「騎士としての身は姫様のものだけど、騎士でない俺自身すべてはイザベラのものだ。髪の毛一本まで全部。今ここで、イザベラが差し出せと言うものを何だって差し出す」

「……」


 至近距離から見つめ合い、クラウスはいつの間にかイザベラを抱きしめている。


(おいおい……)


 アホらしくなって視線を外すと、いつの間にか、見慣れない男が一人、その場に佇んでいた。

 どうやら、クラウスの会話の相手のようだ。

 屈強な体に、軍服を纏い腰には剣を携えている。

 興味津々という体で、二人を傍観している。


「クラウスなんて、嫌いですわ」

「うん。イザベラの俺への嫌いは、愛してると同意義だって知っているから嬉しい」

「!」


 この上なく満たされた顔をしているクラウスと、不意を突かれ真っ赤になっているイザベラ。


「嫌いですわ。大嫌い」

「俺はイザベラが大好きだよ」


 二人を包む雰囲気は見事なまでに甘い。

 俺たちの存在など、もはや眼中にないらしい。

 おかしい。

 先ほどまで修羅場一歩手前だったはずなのだが、見事に覆っている。


「あー、コホンッ。そろそろよろしいでしょうか?」


 静観していた軍人が、わざとらしい咳払いと共に二人へと近づく。


「先ほどの会話の相手はあなたですわよね? クラウスとはどういう関係なんですの!?」


 近づく軍服の男に、イザベラが敵意の視線を向ける。


「クラウス……ですか。どうも、この男の認識が自分と食い違いがあるようですね」

「どういうことだ?」

「自分は、彼をシリウス・アンデの名で認識があるのですが」

「え? ……まぁ。ではもしかしてこの方が?」


 訳の分かっていない男と俺を前に、イザベラは得心顔でクラウスを仰ぎ見る。


「そういうことだ。もう何年も付きまとわれている。イセン国に入る際の要注意人物だったんだが、まさかこんなところで会うとはっ。油断した」


 頷き苦い顔で息を吐き出す。


「ひどい言われようだな。自分はただ、我が隊にスカウトしているだけだろ?」

「我が隊?」

「あぁ。これは失礼。自分は、エルンスト・メディシスと言います。イセン国軍第一隊所属であります。以後、お見知りおきを」


 人好きする笑みを浮かべ朗らかに言い放つ。


「イセン国の軍人が、なぜこいつと顔見知りなんだ?」


 軍人であることは一目見て分かったが、イセン国の第一隊といえば、王直属として名高い最強部隊だ。

 こんな町はずれの屋敷にいていい存在ではないはずだ。

 まして、国交がないに等しいエルン国の騎士と交流がある理由など、皆目見当がつかない。


「昔、何度かイセン国の剣術大会に参加していたことがありまして……その、フレデリク様と……」


 語尾をあいまいに、クラウスは複雑な笑みを浮かべる。


「あぁ。なるほど。そういうことか」


 リディの父であるフレデリク・エルン王の武勇伝の一つ。

 名を偽り各国の剣術大会に参戦し、名を馳せたのだと。

 それにこいつが同行していたとしても、何ら不思議はない。

 常識ではとても考えられないことだが、“フレデリク王ならありえる” そう納得できてしまう。


「つまり、シリウス・アンデは偽名でクラウス・バーナーが本名ということか。まったく、どおりで探しても見つからないはずだ」

「もう一度言うが、俺にはすでに心に決めた主がいる。イセン国の軍人になるつもりは毛頭ない」

「はは。お前の主はリルディなんだろ? なら、ますます好都合だ。彼女がこちらにくれば、お前ももれなく付いてくるというわけだ。これぞ天の采配」

「どういう意味だ? もしや、ここの主とはお前のことなのか?」


 リディへの馴れ馴れしい呼び方に、苛立ち思わず言い放つが、軍人……エルンストは小さく頭を振る。


「いいえ。自分ではないです。それより、あなた方こそなぜここに?」

「こちらが聞きたい話だ。一度は拒絶したくせに、今度はすぐに来いなどと連れ出して。まったく訳が分からない」

「自分も呼び出された口ですので何とも。どういうことでしょうか」


 意外な切り替えしに、ますます混乱する。

 クラウスと俺たち。

 そしてこのエルンストという軍人。

 呼び寄せたのは同一人物なのか。


「呼んだのは俺だ。悪いが、勝手させてもらった」


 響く声に振り向けば、そこにいたのは意外な人物だった。


「!?」

「まさか……」

「フレデリク王!?」

「え? なっ。王!?」


 その場にいる誰もが驚きの声を発する。

 当たり前だ。

 その場に現れたのは、エルン国王であるフレデリク・エルンだったのだ。


「……」


 その後には、背の高い研ぎ澄まされた刃のような眼差しを秘めた若い男と、執事らしき細身の男。

 それに、長い耳と紅い大きな目をした幼い雰囲気の少女の姿がある。

 あまりにも不可思議な組み合わせに、その場にいる者たちは、俺を含め困惑の色を隠せない。


「フレデリク王。リディはどこですか?」


 一番会いたい相手であるあいつがいない。

 今はこの不測の事態よりも、そのことの方が気がかりだった。

 俺の問いにフレデリク王は、苦笑を浮かべ肩を竦めながら、とんでもない答えを口にする。


「お前も大概間が悪いな。あいつは今、絶賛かどわかされ中だ」

「はぁ!?」


 治まることのなかった胸騒ぎの理由はこれだったのかと、俺は心の中で毒づいたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ