囚われの姫君(2)
「ネリー!?」
「リルディに無体を働くことは私が許さないわよ!」
私を背にかばうと力強く言い放つ。
「テオ、何でこいつを連れてきた」
胡乱な眼差しでテオさんを見やり、レイは嘆息を漏らす。
「仕方ないだろ。そいつのとこに連れていけと煩くてな」
「……とんだおまけが付いてきたものだ。煩い女、そこをどけ。お前には関係ないだろ」
「はぁ!? 関係あるわよ。大あり! この子は、私の同僚で大事な友達なんだから」
「ネリー……」
「へぇ? 友達ねぇ。それじゃあ、君はリルディアーナの何を知っている? 彼女の身元は? 本当の姿は?」
ひどく意地の悪い笑みを浮かべ、レイはネリーに言葉を向ける。
「何の話よ? リルディが元お嬢様だってことくらい知っているけど……」
「ふぅん。そういう設定。けどさ、彼女のこと、もう一度よく見てごらんよ」
「はぁ? 何言って……!?」
振り向いたネリーは、私を見て言葉を無くしている。
視線の先には、オダニで隠しきれていない金の髪がある。
「リルディ、その髪は……」
「……」
驚き目を瞬くネリーに、返す言葉が見つからない。
「彼女は南の小国の姫君なんだ。ランス大陸の民である母親譲りのその髪色で、太陽の姫君なんて呼ばれていたりする。君が友達……なんていうのは憚れるそんな身分なんだよ」
「レイ、やめて!」
「な、なにそれ。あなたがお姫様? 太陽の姫君?」
「……」
否定を求めたネリーの視線に、私は押し黙ることしか出来ない。
「冗談きついわよ」
ネリーはボソリつ呟く。
真っ直ぐ私を見るその眼には、戸惑いと疑念が見て取れる。
「彼女の本当の姿も知らずに何が友達? 分かったら……」
「ホントわけわからない。そんな重大なこと内緒にしているなんて」
「……」
ネリーの呟いた言葉に、胸の奥がズキリと痛む。
俯く私に更に言葉が降り注ぐ。
「けどね、だから何? お姫様だろうが、お嬢様だろうが、私が知っているリルディは、今ここにいるメイドをしているリルディなの。だから、私の同僚で大事な友達なことには変わりないわよ。違う?」
「わ、私もネリーのこと、先輩で大事な友達だって思ってるっ」
ネリーの言葉に、心の奥底がほんわかと温かくなって、何だか泣きそうになってしまう。
そんな私を見て、ネリーは苦笑しつつ、温かい眼差しを向ける。
「情けない顔しないの。こういう時は気丈にふるまいなさい」
「うん!」
「なんかムカつくな」
そんな私たちを憮然とした面持ちで見ていたレイはボソッと呟く。
「それはこっちのセリフだわ。あなた、どういうつもりなの? こんなことをして、刃の君……カイル様が黙っていないわよ」
「残念だけど、この場所には辿り着けやしないさ。ここは表向き、持ち主は別の名になっているんだ。カイル兄上はおろか、僕とテオ以外は、誰もこの屋敷のことを知らない」
私を背に庇うネリーを睨み付けながら、レイは不遜にそう言い放つ。
「レイ、お願いだから、私たちを返して。こんなことしても、私の気持ちは変わらないわ」
「……構わない。君の心はまだ手に入らなくていい。ただ、カイル兄上にも誰にも目が触れないように僕だけの側にいてくれれば、それでいいんだ」
その懇願し縋るような眼差しに、ふと何かを思い出しかける。
(あれ? 前にもどこかで……)
「呆れて何も言えないわ。見つかるのは時間の問題でしょ。馬鹿なことはしないことね」
ため息交じりに発したネリーの言葉で、記憶の奥底を引っ張りだしかけていた思考が引き戻される。
「いつまでも此処に留まるつもりはないよ。暫くしたら、イセン国を離れる」
「そんな無茶だわ」
「簡単なことだよ。魔術を扱えるテオもいるしね。君はただ、僕の側にいてくれればいいんだ」
「だからそれは……!?」
言葉を発しかけたその時、一瞬の隙を突かれネリーから引き離され、壁際へと体を押しやられる。
「僕は君以外、心底どうでもいいんだ。たとえば、そこの女とか……。君の返答一つで、彼女の運命も大きく変わってしまうだろうね」
「!?」
身を寄せ両手をまとめ上げ拘束し、耳元でささやかれた言葉に血の気が引く。
硬直したままの私に、レイはとろけそうな優しい笑みを向ける。
「君を手に入れるためなら、僕はいくらだって残酷になれる」
ほほ笑みながら、目の奥はまったく笑ってはいない。
それが、レイの言葉が嘘ではないのだと強く裏付けていて、ゾクリと体が震える。
“拒絶すれば、ネリーに何をするか分からない”
つまりそういうことだ。
「ちょっと! リルディから離れなさいよ。変態!」
テオさんに捕まったネリーが、レイへと噛みつくように言い放つ。
「本当に友達思いのいい子だね」
レイは私から身を離し朗らかに微笑む。
「……」
拘束を解かれたはずなのに、私の体はまるで無数の鎖で戒められたように、その場から動けずにいた。