囚われの姫君(1)
リルディアーナ視点。
気が付くとそこは見知らぬ場所だった。
『ひっく……ひっく……』
誰かが泣いている。
そんなに泣かないで。
大丈夫。
私が一緒にいてあげるから。
独りになんてしないから。
ねぇ、だから泣かないで。
だって独りは寂しいから。
すごく悲しいって知っているの。
だから私は、その子を放っておけなかったんだ。
………………
目を覚ますと見知らぬ部屋だった。
簡素ではあるけれど、とても小奇麗なその部屋は、カイルの屋敷の中で私は一度も見たことがない。
それに……。
「どうしてこんな衣装?」
ぼんやりとして、頭がうまく働かない。
大きな天蓋付のベッドを抜け出し、窓ガラスに映る自分の姿に驚く。
メイド服を纏っていたはずなのに、今私が身に着けているのは、肌触りのいい薄紅色をしたガグラの衣装。
上は胸元に豪華な金糸の刺繍が細やかに施され、下はフレアでギャザーが組まれている。
丈が長い所為で歩きづらい。
頭に被せられた長いオダニを眺め、意識が一気に覚醒する。
オダニに覆い隠された髪は金。
「嘘っ。元に戻ってる!?」
カイルにかけてもらった魔術。
けれどそれは、とても不安定なもので、半日程度しか持たないと聞いていた。
髪色が戻っているということは、半日近く眠っていたということだろうか?
金の髪が目立たないよう、オダニで覆うようにつけ直し、半円形の窓から外を見て更に狼狽える。
「……ここ、どこ!?」
窓の外に町々が遥か遠くに見渡せる。
屋敷からも町は遠くに見えていたけれど、いつも見慣れていた風景とは明らかに異なったものだ。
「目が覚めたんだね」
「え?」
不意に放たれた言葉に振り向けば、そこにレイの姿があった。
「体は大丈夫? なれない魔術に触れた所為で、意識を失っていたんだ。すごく心配した」
気遣わしげな目を向け、ゆっくりと近づいてくる。
「魔術ってどういうこと? どうしてこんなこと……」
思い出した。
カイルを追いかける途中で、レイに会い、そしてテオさんの魔術でここに連れて来られたんだ。
「あぁ。やっぱりだ。その衣装すごく似合っているよ。君の金の髪によく映える。綺麗だよ。リルディアーナ」
嬉しそうに弾んだ声で名を呼ばれ、逆に大きな不安に襲われる。
「どういうこと? レイはどうして私の本当の名前を知っているの?」
「エルン国には、”太陽の姫君”という金の髪をした姫がいる。そんな話を聞いたことがあったけど、まさかそれが君だとは、思いもしなかったんだ。だって、僕が知っている女の子は、すごく天真爛漫で全然お姫様っぽくなかったから」
「それ、答えになってない。それに私、レイと会ったことなんてないわ」
私の答えに、ほんの一瞬悲しそうに表情を歪める。
けれど次の瞬間には小さく苦笑する。
「いいよ。別に思い出してくれなくても。あの時の僕はけっこう……いや、かなり恰好が悪かったし。これからの僕を知ってくれればそれでいい」
「これからって……」
「僕は君がほしいんだ。身も心もすべて。でもそのためには、邪魔なものが多すぎる。だから、ここに連れてきた。僕だけのものにするために」
「!!」
レイは身を屈め私の手をとると甲に唇を落とす。
そして、いつもと違う真摯な眼差しを向けて来る。
「君が僕とあるというのなら、誰よりも大切にすると誓う。なんの不自由もさせないし、欲するものはなんでも与える。だから、君のすべてを僕にちょうだい」
カイルと同じ黒い瞳は吸い込まれそうなほどに綺麗なのに、その目は熱く強すぎて、思わず身が竦む。
「……」
「怖がらないで。僕が教えてあげる。愛するということがどういうことなのか」
「!」
「こらー!!」
私との距離を縮めたレイに身を強張らせた時、後ろから聞きなれた声が響き渡る。
「な、なんて、破廉恥極まりない! 無理矢理拉致したうえ、何をしようとしてんのよっ」
鬼気迫る口調でまくしたて、私とレイの間に割って入ったのはネリーだった。