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そして姫君は恋を知る  作者: 未華
すれ違い編~そして想いは交錯する~
113/180

稀有なる魔力を秘めた存在

カイル視点。

カイルの前に現れた人物は、衝撃的な事実を口にする。


 魔術を使い、たどり着いたその場所を認識し思わず自嘲する。


「俺も進歩がないな」


 無意識にたどり着いたその場所は、遠い昔によく足を運んだ屋敷の奥深く。

 手入れも行き届かず鬱蒼と草花が生い茂るだけの空間。

 幼い時、テオやクリスに心配をかけることが嫌で、何かあるとこの場所へとやってきていた。

 ここは俺にとって、弱い自分と向き合う場所だった。

 だから無意識にたどり着いたのだろう。

 この卑しく醜い想いを抱えて。


(あいつは俺のものじゃない。そんなこと、分かっていたはずだろう)


 それなのに動揺し、リルディに八つ当たりのように言葉をぶつけてしまった。

 俺の横をすり抜け、何の躊躇いもなく抱きついたリルディの姿は、相手への絶対的な信頼が見てとれた。

 迎えに来たあの男は、それほどまでに大切な相手なのだろう。


「今更名乗ってなんになる?」


 このまま、カイル・アウグストとして、一時のリルディの主で終わるのがいい。

 カイルワーン・イセン王などと名乗れば、ただ混乱するだけだ。

 それどころか、嫌悪すらされるかもしれない。


「俺の元にいない方があいつは幸せになれる」

「さあ、それはどうだろうね」

「!?」


 唐突に放たれた聞きなれぬ声に振り返れば、そこには一人の男が立っていた。

 細身で髪の長い男。

 ゆったりと笑むその姿は、優雅ともいえるはずなのだが、ひどく毒々しく見える。


「貴様がイサーク・セサルか?」


 只者ではない雰囲気を醸し出すこの男からは、昨夜の男と似た……いや、それ以上に危険な空気を纏っているのを感じる。

 次に刺客が現れるのであれば、それはイサーク・セサルだろうという予感があった。


「へぇ。嬉しいな。天下のイセン王にまで名を知られているなんて」

「わざわざ、俺を殺しに来たというわけか」

「ふふ。そうではないよ。もう俺には君を狙う理由がないんだ」

「どういうことだ?」

「契約者から、依頼を打ち切られてしまったんだ。残念なことにね」

「……」


 刺客を差し向けた黒幕。

 それは、俺がイセン王だと知り、そして魔術持ちだということも知りえる人物。


「契約者とは誰だ?」

「それは言えないね。こちらも信用商売なものでね。というか、その落ち着きようでは、察しはついているのだろう?」


 こいつの言う通り、察しはついている。

 だが今更なぜ、俺を殺すことを諦めたのか。

 この屋敷に滞在している今こそが、好機だと分かっているはずだ。

 いくら昨夜殺し損ねたからといって、暗殺者として名高いイサーク・セサルとの契約を打ち切るのは得策ではないはずだ。


「それよりさ、君はリルディアーナを本当に手放すつもり?」

「!?」


 鋼色の髪をした男の言葉が脳裏に甦る。


『……おさ……イサーク・セサルは姫さんをご所望だ。大切なら、せいぜい掻っ攫われないように守るんだな』



「……そうだ。何を勘違いしているかは知らないが、あいつは迎えが来れば元の国に帰る身だ」

「ふぅん。それは残念。君が関わってくれれば、もう少し楽しめると思ったのに。これじゃあ、簡単にあの子を俺のモノに出来てしまうな」

「貴様は俺の命を狙うために、リルディに目をつけたのではないのか?」

「冗談。正直、君こそおまけだよ。ま、おかげでリルディアーナが本物・・だと確認出来たから、そこは感謝しているけど」

「一体、何のことだ?」

「気付いてない? どうして、リルディアーナに、魔術の暴走が止められたと思う? それは、彼女が“稀有なる魔力を秘めた存在”だからだよ」

「何をばかな……」


 笑いを含んだその声は、毒を含んだように俺の体をしびれさせる。


「その身に魔力を集め、相手の魔術を無力化する。いいや、それだけじゃない。集めた魔力は、未だ彼女の中に眠っている。リルディアーナ自身には、強大な魔力が封じ込められているんだよ」

「!」


 ずっとひっかかっていたことではあった。

 なぜあの時、俺の魔力の暴走を止められたのか。

 リルディに触れた時、荒れ狂い俺を飲み込む闇が一気に霧散するような感覚があった。

 それはまるで、どす黒い闇が俺の中から掻き消えたような感覚。

 だからこそ、イサーク・セサルの言葉が、ただの夢想なのだと反論できない。


「ねぇ? もし、彼女の中の魔力を引き出し、使うことが出たらすごいと思わないかい? 彼女がいれば、無限に強力な魔術を扱える。ぜひとも私の手元に置きたい逸材だよ」

「貴様っ!」

「まぁ、君には関係のない話か。この後、リルディアーナがどうなろうと」


 この男は危険だと本能で感じる。

 人離れした魔力と狂気染みた思考。

 もし、リルディがこの男の手に落ちればどうなるか。


「……」


 この男をこのまま帰すわけにはいかない。


「ふふ。いいなぁ。君もとっても魅力的だ。殺人人形キラードールに惹けをとらないよ」


 俺の殺意を感じ取ってなお、イサーク・セサルは戯言を口にする。


「そこまでだ」


 一触即発のその場に現れたのは意外な人物だった。


「やぁ。フレデリク」

「久しいな。イサーク」


 現れたのはフレデリク・エルン王。

 イサーク・セサルは気安く声をかけ、エルン王もそれに応え含んだ笑いを返す。


「カイル、こいつの挑発に乗んなよ。こいつの目的はお前の魔力の暴走だ」


 エルン王の言葉で、自分の中にある魔力がひどく高ぶっているのに気が付く。

 怒りで制御する力が弱まっていた。


「ひどいな。俺はただ挨拶に来ただけなのに。殺人人形キラードールに伝言を頼んだんだけど、やっぱり直接話をした方がいいだろうと思ってさ」

「やっぱり、あいつにちょっかいかけてやがったな。相変わらず粘着気質だな」

「一途……って、言ってほしいところだけど、まぁいいか。ね、さっきの話聞いていたんだろう? フレデリク、君はこれと引き換えに、殺人人形キラードールを得た。だけどその代り、今度は愛しい娘を失うことになる」


 髪に結わえられた青い宝石の飾りゴムに触れ、イサーク・セサルは目を細める。


「悪ぃがそのことに関しては、微塵の後悔もねぇさ。あいつも俺にとっては家族だ。あそこで見捨てる選択肢なんてなかったんだ。もちろん、今度もリルディアーナをくれてやる気はねぇ。お前がちょっかいかけてくんなら、全力で潰す」


 どうやら、イセン王とイサーク・セサルには、何か因縁があるらしい。


「ははっ。俺はフレデリクのそういう青臭いところは嫌いじゃない。だが契約が切れた今、俺は好きなように動く。もちろん邪魔なら……消すよ」


 笑みを消し、言い放ったその目には、隠しようのない狂気が色濃く見える。


「言いたいことはそれだけか?」


 エルン王の冷え切った眼差しは、何の動揺も示さずイサーク・セサルを見据える。


「そうだな。今日はただ挨拶に来ただけだから。……それに、先を越されてリルディアーナには会えないし。もういいかな」

「どういう意味だ?」


 イサーク・セサルから出たリルディの名に小さな違和感を覚える。


「リルディアーナは、君にはもう関係ないんだろ? 君には興ざめだ。さようなら。臆病者の王様」


 俺の問いに答えることなく、イサーク・セサルはその場から姿をかき消す。


「相変わらず、捻くれた性格してやがる。まったく、人をいら立たせるのは天才的にうまい男だ」

「エルン王、今のは一体どういう……」


 独り心地のエルン王に向かい、口を開いたその時だった。

 小さな何かが目の前に飛び出し、一直線に俺へと飛びつく。


「なっ」


 頭には黒く長い耳。

 小さく華奢な体が小刻みに震えている。

 俺を見上げるその瞳は紅。

 それが耳長族と呼ばれる種族なのだと思い当たるのに、暫く時間がかかった。


「お願いっ。リルディを助けて!」


 茫然とする俺の両腕を掴む手に力を込め、耳長族の少女は高ぶった甲高い声を発する。


「なに?」

「ごめんなさい! ラウラは約束したのに。あの方と約束をしていたのに。ラウラの所為なのですっ」

「ラウラ?」


 その名には聞き覚えがある。

 リルディとよく一緒にいた、大きなキャップに分厚いレンズのメガネをかけたおかしなメイド。

 あの出で立ちは、長い耳と赤い目を隠すものだったのかと合点がいく。


「ラウラが側を離れてしまったから、リルディはいなくなった」

「どういうことだ?」


 “いなくなった” 確かに今そう口にした。


「またうちのはねっ返りが厄介事に巻き込まれたか」


 落ち着きはらった声とは裏腹に、イセン王からは先ほどまでの気安さが消え、表情が険しくなっている。


「どういうことか、話してくれ」


 焦る気持ちを押しとどめ、ラウラへと言葉を向けた時だった。


「話なら、私から致しましょう」


 その場に現れたもう一人の人物、ユーゴは混沌とするその場で、いつもと変わらぬ落ち着き払った声で言い放った。


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