幼馴染の憂い
アルテュール視点。
未だリルディアーナと会えず……。
イセン国。
ランス大陸一の大国であるこの国は、北の国々のすべてを戦で奪い取り吸収した。
情勢に敏感な東の国々はイセン国の属国に甘んじ、西の国々は反発しながらも、同盟国として、一定の距離を保っている。
大陸の大半を手中に収めながら、南の国々だけは、イセン国の脅威が及んではいない。
いや、正確には食い止めた。
リディの父、フレデリク・エルン国王はその昔、南の国々を一つにまとめ上げ、侵攻してきたイセン国を退けたという。
南の賢王の逸話は今も多く語り継がれている。
「どうぞ。アルテュール殿下」
古びた宿の一室から、行き交う人の流れを見ながらぼんやりと考えこんでいた俺に、リディ付きのメイドだというイザベラが、慣れた手つきでお茶を差し出す。
「あぁ」
イザベラのお茶は世界一。
そんなことを言っていたリディの言葉を思い出す。
「少しお休みになられますか? ここまでかなりの強行軍でしたもの。お疲れでしょう?」
「こんなところで足止めを食らって、悠長に休んでいられるかっ」
その言葉に、思わず口調が荒くなる。
イセン国に入る直前、俺たちはイセン国の警備隊に遭遇した。
そこで、リディがクラウスともう一人の連れを探していること。
今はとある貴族の屋敷に保護されていることを聞かされた。
てっきりすぐに再会出来るものだと付いていけば、屋敷に入れるのは、名が知れているクラウスのみだという。
どこぞの臆病貴族の屋敷か知らないが、身元の確証をとれない者は、屋敷に入れるわけにはいかないの一点ばり。
半ば押し込められるように、この宿に軟禁状態となった。
時間と共に苛立ちは募るばかりだ。
「……そうですわよね。申し訳ありません」
素直に謝罪をされ、気まずさに視線を逸らす。
「いや。俺こそすまない」
今のはただの八つ当たりだ。
よく考えれば、こいつだって、本心はいら立っているに違いない。
『なによりも姫様の無事が優先ですわよ? あなたの命に代えてもお連れしてくださいましね』
殺気を孕んだ笑顔でクラウスを送り出した姿を思い出す。
「リディのことだ。のう天気な顔して、すぐに姿を現すよな」
「はい。クラウスが必ずお連れ致しますわ」
「あぁ」
何も不安に感じることなどないはずだ。
リディの居場所は分かっている。
迎えも送り出した。
会ったら、きちんと気持ちを伝える。
イセン国王との縁談なんて、何が何でも阻止してやる。
(くそっ。それなのになんでこんなに、嫌な感じが消えないんだ?)
いつも以上に苛立ちが強いのは、どうしようもなく胸騒ぎがするからだ。
性質が悪いことに、俺の胸騒ぎは大概当たるのだ。